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へなちょこ

Posted by junko on 25.2012 アルゼンチン Argentina   2 comments   0 trackback


2012年3月11日

上野山荘を出た私は、
レティーロのバルターミナルに向かった。

そこで約一ヶ月ぶりにツーちゃんと再会する約束をしていた。
イグアスの滝で別れたあと、
偶然リオのカーニバルに向かう朝バスターミナルで会ったきり。

彼女はサンパウロでアヤカ姫を見送った後、
(アヤカ姫はいったんNYCへ戻り、ほどなくして日本に帰国した)
弓場農場で一週間ほどお世話になり、
その後はブラジルのフロリアナポリスという町で、
サーフィンに明け暮れていたらしい。

もともと八丈島出身の島ッ子だけあって、海とは超お友達。
未だ泳げない私からすれば羨ましい限り。
サーフィン三昧の日々を物語るように、
褐色に焼けた肌でツーちゃんはバスターミナルで私を待ってくれていた。




「ひーさーしーぶーりー!!」




お互い独り立ちしてから、
幸いにも何事もなく楽しい時間が過ごせたことを喜び合って、
メンドゥーサ行きの夜行バスに乗り込んだ。

私は事前にチケットを買ってしまっていたため、
席はバラバラになった。
私はユミちゃんが夜食用に持たせてくれた巻き寿司をツーちゃんに分けた。





バスは30分ほど遅れて出発した。
ブエノスアイレスでの楽しかった日々を思い出しながら、
夜の闇に包まれて、すぐに眠りについた。

翌日の早朝、目が覚めると、
窓の向こうの景色がすっかり変わっていることに気づく。
広がる葡萄畑、背の高い木(ポプラの木に似ている)、
そして、それらの向こうにはくっきりと、アンデス山脈の稜線。

あれらの山のどれかに啓陽は登ってるんだ。
そう思うと、途端に胸がドキドキしてきた。
都市のブエノスアイレスに居た頃は
山なんて見る事がなかったせいか、
今こうして山脈を目の前にして、
すごく動揺している自分がいる。






2月29日に「行ってきます!!!」のメールをもらったきり、
啓陽からはもちろん連絡は無かった。
ツーちゃんもそれは同じで、愛二からの連絡は出発前で途切れてる。
だから、二人とも彼らがどこの宿に泊まっていたのかは知らぬまま。
朝の9時頃にメンドゥーサのバスターミナルに着くなり、
一人の若い男性が宿の客引きとして近づいてきた時は、
いつもなら相手にしないんだけど、
今回ばかりは真剣に話を聞いた。
しかもこの英語がなかなか通じない南米で、
彼は英語が話せたから話は早い。

一応、事前にいくつかの宿は調べてはいた。
それらの値段と大差ない値段を提示してきたので、
私達はその客引きと話をつけた。




もしかしてと思って、アコンカグアに登ると言う日本人男性二人が、
この宿に泊まってなかったか聞いてみた。
その若い客引きは即答で

「No」

ときた。
まぁ、そうだよね、宿なんてたくさんあるしね。

「But…」

え!何!?

「Few days ago, some Spanish guys died in the mountain…」










は?







え?何だって?







死んだって?






スペイン人の登山者が、、、?







は?







一瞬で足が震えてきた。
誰かが命を落とすほどの、山なの、、、?

硬直したまま足だけは前に進み、
客引きは一台の車が停まっている場所まで私達を連れて行った。

その車には年配の男性が運転席に座っていて、
どうやら若い客引きからバトンタッチされたよう。
荷物を車に詰め込み、私達は宿に向かった。

私はすぐに運転するオジサンに質問した。
というかもう、頭ん中聞きたいことだらけだった。



「あの、、、最近アコンカグアでスペイン人の登山者が亡くなったって
 さっき聞いたんだけど、、、それ本当なの?」

「あぁ、、、でも、アコンカグアはそんな難しい山じゃない。
 ちゃんとルールを守れば安全な山なんだ」

「あの、、私の彼氏と友達が今まさに登ってるんだ、、」

「おぉそうか!!!大丈夫だ、日本人はサムライだからねー!
 はっはっはっ」

そんなネタは今要らない。
ていうか笑えないし。

「いや、、でもさ、、死んじゃう人もいるんでしょ、、、」

「心配すんな!死んじゃう奴は、自分がスーパーマンだと信じてるやつだ。
 なんでもできると思い込んで、無茶をして、そういう結果になる。
 でも日本人はそんなことしないだろ。きっと大丈夫だ」




オジサンはやけに明るく、
けれどちっとも私の不安は薄まることなく、宿に着いた。





とりあえず、この宿で彼らの下山を待つことにしよう。
ツーちゃんとそう決めた。
どうやら家族経営の宿で、さっきの若い客引きはこのオジサンの息子らしい。
他に旅人も少ないし、静かに過ごせそう。

あまり普段は宿の写真を撮らない私だけど、
ツーちゃんが撮ってくれた写真を今回はちょこっとお借りして。
いつもこんなような宿(ホステル)に泊まってるんですよ。
いや、これはかなりキレイな方かな。




DSC06510.jpg
入り口はこんなんで





DSC06511.jpg
無駄にプールがあり。(欧米人はすぐ泳ぎたがる)





DSC06512.jpg





DSC06496.jpg
室内にもアコンカグアの匂いがプンプン





DSC06495.jpg
キッチンは自由に使える







オジサンも英語を話せることが、さらに私を質問攻め女にさせた。


「あのね、二人とも山に詳しい訳じゃないのにね、ガイドも付けずに行ったんだよ」

「おぉ、そりゃ大したもんだ。サムラーイ!」

「いや、そういうんじゃなくてさ。
 あのさ、あの山ってだいたい何日間くらいで登るの?」

「基本的には二週間くらいだけど、天候にも左右されるから一概には言えないよ」

「上の方は、すごーく寒いんでしょ?」

「そうだねぇ。でもちゃんと登る前に装備はチェックされるはずだし、
 山の上にはドクターもいるから、絶対大丈夫だって。スマイルスマイル!」


何を聞いても「大丈夫だ」
そりゃそうだよね、オジサンだってそれしか言えないよね。
その言葉じゃないとしても、
自分が求める答えなんかない。
何を言われたって、自分の気の持ちよう次第なんだから。
焦る気持ちをおさえて、その日はやり過ごした。

それにしても一体どうしたっていうんだろう。
ブエノスアイレスに居た時は、こんなに不安に襲われることは無かったのに。
やっぱり、道を歩けば否が応でも目に入って来る『山』の存在感がそうさせるんだろうか。
急にリアルに感じてきてしまった。





そしてその不安は、この夜爆発することになる。





夜8時を過ぎた頃だったろうか。
オジサンが新たな客3人組を連れて来た。
ぱっと見て一瞬でわかった。
彼らは日本人、しかも登山をしてきた人達だ。
真っ黒に焼けた肌と、持っている物や服装がそう伝えている。

「へい、君たちのアミーゴを連れてきたよ!彼らは日本人だ!」

そう意気揚々とオジサンが言う。

「それに彼らはアコンカグアを登頂してきたんだ。
 でも他に日本人は見なかったらしいぜ」









は?








え?








いや、もう一度聞きます







は?







やけに真顔でオッサンはそう言ったのだ。

「ホカニニホンジンハミナカッタラシイゼ」

その言葉の意味を解釈するのを拒否するかのように、
初めはすぐ頭に入ってこなかった。
でも理解するやいなや、胸がバクバク鳴り出した。


今さっきやって来た3人組は、アコンカグアを登頂した。
そして今日、まさに今日、下山してそのままの足でメンドゥーサの街まで帰って来たという。
山の麓から市内まではバスで約2時間。
さっき着いたとしても、今日の昼過ぎまでは山に居たわけだ。
一番彼らの近くに居た人達が、今目の前にいる。
私は恥も捨ててすがりつくように質問攻めに入った。

下山には約二日ほどかかったという。
けれどその間1人も日本人とはすれ違わなかったし、
山頂でも、登る過程でも、一人も見かけなかったという。




なんで?
それってどういうこと?
啓陽達がもう降りてきちゃったとしたら、メンドゥーサのどこかの宿に居るわけで、
そしたら必ず連絡は来るはずだ。
だから既に降りてるって案は却下。

私は取り乱すのを必死にこらえて極力冷静に努めるが、
もうバレバレだった。

一人の男性が言った。

「でも、僕達は山岳部で、ノーマルルートとは別のルートで登ったんで、
 すれ違わなかったんだと思います。
 一般の人はノーマルルートを登るはずですから」

もう一人の男性がかさねるように言う。

「たしか早稲田の山岳部はノーマルルートで登ってるはずなんで、
 もしかしたら彼氏さん達に会ってるかもしれませんね。
 知り合いがいるんで、ちょっと連絡取ってみますね。
 たしか今日帰国だったはずなんで、、、」


そう、今目の前にいる3人組は、京都の大学の山岳部。
このアコンカグア登頂を目指して、二年間特訓をしてきた立派な山男だ。
しかも、部員全員が登れるわけではなく、
厳選なる選抜を経て、晴れてこの3人が、部の代表としてこうして来ることができた。
プレッシャーもあっただろう。
旅費はOBからのカンパや、部員から集めてまかなったという。
無事登頂を成功させて、すごくいい顔をしている。

でもさっき宿に着いたばかりだ。
さすがにまだ疲れも存分に残っているだろうに、
切羽詰まった三十路女から質問攻めにされて、
今思えばほんとに気の毒なことをしたと思う。
ごめんね。



早稲田の山岳部の知り合いにメールを打ってくれている間、
何かの線が切れてしまい、
私はわぁっと泣き崩れてしまった。
ツーちゃんが寄り添ってくれた。









まったくもって、へなちょこだ。









別に今思えば、お先真っ暗みたいな状況でもないくせにね。







「山に登る前、必ず管理局で名前とか住所とか、泊まってる宿とか登録するんですよ。
 町のインフォメーションセンターの中に管理局はあるんで、
 もしあれだったら明日行ってみるのもいいかもしれませんね。」




優しい山岳部の男の子達はそう言ってくれた。
ちょっとだけ光が差し込んだ気がした。
そこに行けば、いつ出発して、どこに泊まってたのかがわかる。
それだけでもいい、彼らに関する情報なら何でも欲しかった。




人間って心配ごとが一つでも引っ掛かってると、
やっぱり熟睡できないもんなんで。
あんなに楽しんでたブエノスでも、いつも眠りが浅く、
早朝に目覚めてしまっていた。
今夜も眠れそうにないなぁ。
それに今日は、3月11日。
あれから丸一年だ。
日本時間で言えばもう昨日になってしまうけど、
きっと日本じゅう全ての人が、被災地で過ごす人々のことを想って、
やりきれないような気持ちを抱いたに違いない。

外に出てきて、この一年の過程を近くで見てこなかった私は、
日本で過ごす人よりも、全然知っていることが少ないと思う。
それでも出会う外国人に、『TSUNAMI』という世界共通語を使って質問される事は多かった。

「日本はどうだ?」

知ってる限りの知識で私なりに伝えてきたけど、
原子力だったり、放射能だったり、日本語でさえ説明が難しい内容を、
英語で伝えるにはあまりにも私の語彙力が足りず、
いつも歯痒い思いをしてきたのも事実。





東京で建築や内装の仕事をしている友達がいる。
彼は頻繁に被災地に通い、今でもまだ転がっている壊れた家や車、
船の撤去作業をしている。

さらに彼は、子供達のために遊び場を造ることに奔走している。
放射能の影響で、外で自由に遊び回れない子供達のことを想って、
子供達が喜びそうな海賊船を造ったり、
数々のイベントを仕掛けている。

そんな彼の動向をfacebookで垣間見る度に、
同じ故郷、同じ学び舎で10代を過ごした人間が、
言葉だけじゃなく、実際に行動を起こして、人も動かして、
なんとか少しでも明るい未来を築こうと努力しているのに、
私って人間は、本当にこれっぽっちも誰かの役に立てていないような気がして、
立ち止まってしまう。

この旅は、その手段をみつけるための道なのかもしれない。
誰かの役に立つ事をして、命を使いたい。












翌朝さっそく登山管理局に出向いてみる。




RIMG0079.jpg




二週間ほど前に登山登録した日本人がいないか聞いてみると、
スタッフのお兄さんは調べてくれて、

「あぁ、彼らに許可証取ったのは僕だよ!
 覚えてるよ、一人背が高い二人組だろ?」

「そうそうそうそう!その二人!」

名前を再確認して、
確かに啓陽と愛二はここで登録していったことが判明した。
けれど宿の情報だけは無かった。

「あの、、数日前にスペイン人の登山者が山で亡くなったって聞いたんだけど、、」

「え!?なんだって?そんな話は聞いてないぞ」

そう言ってお兄さんは同僚のスタッフに確認している。
そして戻ってきた。

「いや、そんな事実はない。きっとデマだよ。
 今年に入ってから、死者は一人も出ていないよ」

なんてこった。
宿のオジサンと息子はどこでそんなデマを拾ってきたんだよ。
いい迷惑だったよ!




「でも、そんなに心配なら、ベースキャンプに確認してみようか?」

そう言ってお兄さんは電話をかけてくれた。
何が起こっているのか最初はわからなかったけど、
要は「安否確認」なるものを頼んでしまったらしい。

「一時間後に結果がわかるから、また時間見計らってここに来てよ!」






その間私達は、お兄さんから山の仕組みについて教えてもらった。
一体どこをどう登って行ってるのか、
昨夜の山岳部達の話を聞いてもイマイチぴんと来なかったけど、
地図で示してくれて、やっと概要が掴めた。

RIMG0080.jpg








少し外で時間を潰して、きっかり一時間後に戻ってみると、
笑顔のお兄さんがいた。

「彼らはもう下山しているってさ!予定通りいけば、今夜には街に戻ってくるはずだ。」

「え、ええええ、、、、」

「良かったね、君達の友達は “無事” さ!」




ふえぇぇぇぇぇ、、、
言葉にならない言葉が出てきた。

良かった、、、ほんとに良かった、、、生きてる、、、





彼らは生きてる!!!!!





へなへなと力が抜けて、
でも心底安心して、しばらく席から立てなかった。







お兄さんに深く深く御礼をして、
すっかり元気を取り戻した私達は、
戻って来た彼らをたくさんのご馳走で出迎えようと、
食材の買い出しに出た。

宿に戻ると、山岳部の男の子達がテントやら道具やらを天日干ししていた。
その量や内容に、ビックリした。
こんなに山に持っていくもんなの!?




DSC06500.jpg





DSC06506.jpg






ちょうど昼食にと作ったシチューがたくさんだったので、
彼らとシェアして一緒に食べた。

「う、、、うまいっす、、、」

「こんな美味い飯、ほんと久々食べたっす、、、」

そんなに感動されるほどの物じゃないのに、
よっぽど山の上での食事はひもじいものなんだろう。

「そうそう、安否確認してもらったら、もう下山してるってさ!」

「それは良かったですね!!!」





DSC06503.jpg





山に関して無知な私に、
嫌な顔ひとつせず丁寧に教えてくれた山岳部くん達。
登頂の写真を見せてもらったりしながら、山の話を聞く。

こんな無茶ぶり質問をした。

「どうして山に登るの?」

すると意外な答えが返ってきた。

「ん~。どうしてですかね。
 じゃあ、どうして旅をするんですか?それと同じなような気がします」




ハッキリ言葉にできないけど、
すごくわかった気がする。






きっともう街に帰っている頃かな。
明日には会える。。。
会えるんだ!!


今夜はゆっくり寝れそうだ。



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2012.05.26 01:34 | | # [edit]
>りっぽ

いつも読んでくれてありがとう!
そうそう、今となっては笑い話にできるから、有り難いことだよね。
にしても、ハグどころか照れとか色んなのが重なって、超ちぐはぐな再会だったよw

2012.05.27 09:43 | URL | junko #- [edit]


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Author:junko
北の大地でお魚食べて育った少女が、
世界へ旅に出ます。

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感動を求めて。

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