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おにぎりってすごいんだから

Posted by junko on 08.2011 ドイツ Germany   2 comments   0 trackback

セグウェイに乗っている人の姿を見ると、
どうしても笑いが吹き出てくるのは私だけでしょうか。




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白昼堂々とセグウェイを乗りかます集団のいる街、
デュッセルドルフにやってきたのは
2010年11月3日。



ケルンからちょとだけ北西に位置するこの街に、
今となってはなんで立ち寄ったのかよく思い出せないのだが、
多分その時はそうしたかったのだろう。

この日、今までの疲労がたまっていたのか、
体が思うように動かなくなってしまった。
肩に食い込むバックパックの重みは増してく一方で、
肩こりも半端なかった。

そんな時世の中はどうしてこうも光り輝いているのでしょうか。



『タイ古式マッサージ』



なる看板を発見。
しかも宿のすぐ並び。

すがる思いでドアを開けてみると、
微笑みの国タイランからやってきた微笑みの中年女性が、
優しく出迎えてくれるではないか。


「もう好きにしてください、、私の体は貴女のものです、、」


と言わんばかりに全身を預ける。
そこからの時間はもう至福としか言いようがない。
果たして意識があったかどうかさえもうわからない。
とにかく気持ち良すぎて、
旅人なのにマッサージ!?なんて異論はものともせずに、
小一時間のタイジャーニーを満喫したわけだ。




軽くなった体で街へGO


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かっけーじゃん

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おぉ?

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ラーメン!!!
魅惑のラーメン、、、
あぁ、味噌ラーメン、、、



そしてたたみかけるように、これ

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お、おにぎり、、、
日本が誇るソウルフード、おにぎり、、、
しゃ、しゃけ、、




なんでこんなとこ来ちゃったんだ。
だってここ日本人街だよ!?
こんな目に遭うのは想像できたはず。



そう、ここデュッセルドルフは、
昔から日本企業の進出がさかんで、
他の都市に比べ日本人街が大きく発達している。
だからこういうレストランも多いわけで。



迷いました。
こんなとこで出費しちゃいかんと。
自分に言い聞かせました。
でもね。。
でも、足はね、、
言う事を聞かなくてね、、



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意思が弱いって言われたって、
ありつけたこの一つのおにぎりと、味噌汁の美味しさといったら、、
そりゃ涙も出ますわ。
日本人旅人ならきっとわかってくれるはず。




と、信じたい。





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オレの料理だっていかすぜ?だろ?






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絞って速度落として

Posted by junko on 07.2011 ドイツ Germany   0 comments   0 trackback
2010年11月2日。

そうそう、言い忘れていたけども、
着いた夜のトド事件に懲りた私は、
早速翌日には宿を変えていた。

この新しい宿というのがまぁなんとも居心地良く、
一階はカフェとなっている。
そのカフェ、宿泊者はコーヒー&紅茶はタダでいただけちゃう。
そりゃ長居しちゃうだろって。



学校に通っているヨハネスとの約束は夜なので、
さてそれまで何しよう。

とりあえず街をあてもなくぶーらぶら。。



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と。



「チョコレート博物館」なるもの発見。



いやぁ、、まずいでしょ。
私にチョコレートって単語見せちゃダメでしょ。





迷わずIN。




入り口のドアで渡された一粒のチョコ。
ラッキ☆
中でももらえるのかな♬




スイスが誇るチョコレートメーカー、
Lindtが母体となったこの博物館。
まぁ、チョコレートの歴史とか?
チョコレートはどうやって作られるとか?
カカオ豆はどこからやってきたか、とか?
そういうの、展示されてますよね。



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まぁ実際作ってる行程なんかも見れちゃたりして。




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これが匠の技や、よく見とけ





で、終わり。
え?終わり?
チョコ、もうくれないの、、?

たった一粒のチョコしかgetできず、
だけども気持はもうチョコまっしぐら。
博物館に併設されたチョコレートカフェには
それはそれは洒落込んだお方達の長蛇の列。
ディスプレイされた美しいチョコレートケーキについた値札を
念のためチェックしてみるものの、
決して手を出してはいけないお数字、、
ていうか念のためって何?


なにさ!
こんなとこ、リンツのただの回し者じゃん!
ていうかなんでスイスのリンツがドイツで博物館やってんのよ!
もういいよ!





ふくれっ面して宿に帰ると、
美味しい珈琲が待っていてくれた。



そして、この子ももれなく付いてきたわけで。

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だって比べたら全然安いんだもん!



一体誰に言い訳してるんでしょうか。






あ、6時になる。
ケルン大聖堂行かなくちゃ。


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こんな写真を撮っていたら、ヨハネスが私をみつけてくれた。

「夜景ってさー、あんまし撮ったことないんだよね」

「そうなの?僕良い夜景スポット知ってるよ」

「ほんとー?じゃあ、夜景の撮り方とか教えてくれる??」

「もちろん!」





そんな感じで始まったヨハネス君の夜景撮影講座。
まずはこの大聖堂のすぐ側にある、ケルン駅。



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これ、1分近くシャッターを開けたままにしてるんだけど、
たくさんの人がレンズの前を通り過ぎているのに、
一人も写ってないんですよ。
それが不思議でしょーがなかった。
まぁ無精者なので、それ以上の理由は調べておりませんが。




次に線路間近まで進んで、鉄ちゃんならぬ夜の鉄子。


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すると電車が、、
鉄子大興奮!



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「先生、次はどちらへ?」

「そうだねぇ、このケルン大聖堂を遠景で、てのはどうだい?」

「それ素敵ですね!どこから撮れるんでしょうか?」

「まずはこのライン川に架かるホーエンツォレルン橋を渡ってだね、、」


そういう会話があったかどうかは不確かだが、
とにかく来たのだ。
こんな最高の撮影スポットに。



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三脚は無かったものの、
塀にカメラを置いて、絞りに絞り、シャッタースピードのまぁ長いこと。
だけどこんなに綺麗に夜景撮れたの、この日が初めてだった。




英雄(だったであろう)人と共に。


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寒くて寒くて仕方ない夜だったのに、
文句ひとつ言わず丁寧に教えてくれたヨハネス。
なんていいヤツなの。

いい撮影ができた記念に一緒にディナーを。


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こちらケルンの地ビール、『ケルシュ/Kolish』



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私よりうんと若いのに、
もうしっかりと自分の進む道を『写真』一本に決めていて、
それに向かって迷うことなく進んでいるヨハネス。
純粋に写真が好き!って気持がすごく伝わってきて、
一緒に撮っててもすごく楽しめた。
きっと彼は立派なフォトグラファーになる。
本気でそう思った。



あの日から、夜景を撮る時はこうしてるよ。

「絞って速度落として」




きわめつけは、、
ゴチんなりました!
なんていいヤツ、ヨハネスありがとう!

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夜の遊園地

Posted by junko on 04.2011 ドイツ Germany   0 comments   0 trackback

2010年10月30日、
ベルリンから国を一直線に西へ横断し、
ケルンという街にやってきた。



着いた頃にはもう辺りは暗かった。
駅を出てすぐに、
バカでかい大聖堂が無意識に視界に入ってくる。

「そうかー、これが菜穂ちゃんが言ってたドームのことか」

ケルンは菜穂ちゃん超オススメの都市だから。
彼女のことを思い出しながら観光は明日にしようと、
予約しておいた宿まで直行。



宿に着くと、何やらロビーには人がわんさか。
しかもみんな、男だらけ。
ロビーに併設されたコモンルームを見てみると、
みんな夢中にTVでサッカー観戦をしている。
どうやらここケルンがホームチームの試合らしい。

「なんか男くさい宿だなぁ」

そう思っていたのも束の間、
チェックインは滞りなく済み、
部屋に入るとその不安は一瞬にして消えた。

「なんだ、誰も居ないじゃん、ラッキー♬」

夜の21時を回った今、
8人部屋のドミトリーに私以外の荷物はなく、
つまりは今夜、この広い部屋を独占できるかもしれない!
そうじゃなくとも、
この後チェックインしてくる客はそう多くはないだろうとふんでいた。






のが甘かった。






部屋ではWi-Fiの繋がりが悪く、キッチンスペースでPCをいじること数時間。
気づくともう24時近かった。
寝よ、そう思って部屋のドアを開けた瞬間、
むっとした生温かい酒の臭いと共に、
轟音のように響き渡るイビキ。

え?なんで?

電気をつける手を止めて目を凝らしてみると、
いるわいるわトドのように横たわるデカイ野郎ども。
私の荷物が置いてあるベッド以外のすべてのベッドに、
窮屈そうに、けれど爆睡をかます男達の姿。




現実から目を背けたくて一度部屋を出る。




いや、そりゃさ、、まさか独占できるだなんて思っちゃいなかったけどさ、、
いや、ほんとのこと言うと少しは期待してたけどさ、、
いや、でもこんなのってなくない?
いくら男女混合ドミトリーっつったって、7対1?
こんなところで紅一点になりたかないよ。
しかもとりあえず、、、


部屋、酒クサっ!!!





それでも廊下に立ちすくんでるわけにもいかず、
意を決して部屋に戻り、迅速にベッドに滑り込む。



「ッグ~、、グググッツゥ、、、スピーーーー」



何がスピーじゃ!寝れないし!
布団を頭まですっぽりかぶっても、
気になれば気になるほど聴覚は敏感になるもので。
ましてや男7人のイビキの大合唱。
とにもかくにも落ち着かない。
女が自分1人だけってのも、やっぱ不安。


ダメだ、部屋変えてもらお、、


そう思って、一階のロビーまで降りてスタッフにたずねる。

「あの、、女あたし一人だけってちょっとキツいんだ、、他に部屋ないかな?」

「キツいって、何かされたの!?変な人でもいた?」

「いや、そういう訳じゃなくてね、、ただ落ち着かなくてね、、」

「そーねぇー、気持ちはわかるけど、、あいにく今夜は満室なの。」

「え!?全部?全室?」

「そう。今夜サッカーの試合があったでしょ。
 集まったファン達が、試合の後飲んで酔っぱらって帰れなくなって、
 みんな泊まってってるのよね。だから満室なの。」

「まじ、、」

「ごめんね。でもね、もし何か変なことされたりしたらすぐに報告してよね!?」

(そうなってからじゃ遅いんじゃボケ)

「うん、、わかった、、」




すっかり意識も覚醒してしまってこのまま眠れる訳がない。
私はまたパソコンを持ってキッチンに行き、
そこで出来る限り起きていようと決めて、
滞っていたブログやら今後の旅ルートを考えたりなんかしていた。

朝方4時をまわり、もう眠気の限界千代の富士を感じた頃に部屋に戻る。
パソコンを抱いたままベッドに潜り込み、
少しだけ静かになったかと思われるイビキの中、私も眠りについた。

翌朝(といっても昼近く)起きてみると、
昨晩のトド達は幻想だったのかと思われるほど、
たった一つのベッドを除いて他はすっからかんだった。
そのベッドには、一人の男性がシーツにくるまって眠っている。
いや、厳密に言うと、起きることに抵抗しているかのような寝相。
何度も寝返りをうっては、たまに目を開けたり。
あぁそうか、きっとこの男性も昨晩の被害者の一人なんだな。
うるさくて全然眠れなかったから、今こんなんなってるんだな。
そんな気がした。
不思議とドミトリーで他の国の男性と二人きりになっても、
なんら不安はない。
相手とて旅人、変なことする体力があるんだったら旅の労力に回すはず。
挨拶はかわすが必要以上に話はしないし、
何故だか欧米人の旅人は寝るのが異常に早い。
そんなわけですっかり安心した私は、
また二度寝することにして布団をかぶった。






そんなわけだから、
実際ケルンの街に観光に出たのは11月1日。

しばらくホステルにこもっていたから、
持ち歩いている食料も尽きておなかぺこぺこ。
そこにきてこの絵。
あぁ、目に毒だってば。



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って、アレ?



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アレレレレ?



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あの人ってアレよね、よく銅像みたいにピタっと止まったまんま
台とかにずっと立ってるストリート芸人ってやつだよね。
いやー、まぁそんな人だっておなかはすくよね。




また居たし。
地下鉄に乗り込むようです。
って、え、そのままの恰好で!?
あぁ、もしかしてあれ?歩く銅像っていう新しい芸風?
まじ、ツボだった。



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で、結局買ったし。我慢できないよね~




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さっすーがー、ビール王国。ハッピーアワーの時間設定がもう逸脱。
もういっちゃいましょ、朝からぐいぐい、いっちゃいましょ。





いつの間にかもう夜ですな。

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いいなー、豪華客船とか。

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あ、写真少年発見。

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だったらあたしも撮るし!

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私とおんなじNikonの一眼レフを持ってた彼。
同じ場所から同じような景色を撮っていたら、
そりゃぁお互い意識しますよね。

どちらからともなく始まる会話。

「Hi」

「Hi」

「なんのレンズ使ってるの?」

「あ、50mmだけど、、」

「へぇ~!僕50mm欲しいんだーまだ持ってなくて。いい?」

「うん、あたしは好きだよ!」

「どこから来たの?」

「ジャパン」

「ジャパンかぁ~いいなぁ~」



そんな内容だったような気がする。
とにかく相手がすごく写真に興味があるってことがわかった。
ただその時私は目の前にある夜の観覧車の輝きに心とらわれていて、
ずっと気になっていた。


「僕、今からあの遊園地に写真撮りに行くんだけど、
 良かったら一緒に行かない?」


待ってましたいぇーい。
夜の遊園地なんて、最高の撮影場所じゃないか。
撮りたい撮りたい。
てか行ってみたい!




だんだん近づいてくる観覧車にドッキドキ

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この人の賑やかさにワックワク

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なんか全部かわいーし

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美味しそうな匂いにつられながら

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とりあえず一杯やりますか、少年よ

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彼の名前はヨハネス。
ミュンヘン出身の彼は、現在ケルンの写真学校に通っている。
本気でフォトグラファーを目指しているらしく、
学生中にしてすでに自分のHPをつくり、
ちょこちょこ撮影の仕事もこなしているというデキル奴だ。

そんなんだから、
私も思う存分写真撮ることを楽しめた。
撮影するってことは、一度足を止めるってことだから、
誰かと一緒にいながら完全に自分の好きなように撮るっていうのは、
よっぽど理解がある人じゃないと難しい。

おんなじ写真好きってことで、
お互いその辺の気を遣わなくていいってことが、
とても心地良かった。





可愛いすぎるぜ。今こんな完成系なら将来どんなんなっちゃうの。

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ねぇねぇ、パパも阪神ファン?

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だから目に毒なんですってば

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あれ?ヨハネスも黄色靴だ!

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子供は真似しないでください

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どの世も自分の子供を見守る親の目ってのは、
ステキなもんです

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何度も言うようですが目に毒なんです

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やめてくれ

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きゃーーーーーーー

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だったら撮るなってね。
結局負けたし。てへ♡

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一度切られた糸はどこまでもほつれ、、

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うんうん、わかるよ。全部美味しそうで選べないんだよね

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これ以上いると財布もすっからかんになるぜ!
帰るぞ坊主。

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楽しいナイトパークの時間はあっと言う間に過ぎ。
レポートを書くためもう帰らなくちゃというヨハネス君ともバイバイ。
去り際、

「まだ明日もケルンに居るんだったら、また撮影一緒にしない?
 この街なら少しは案内できるし」

「あ、それいいねぇ!」

「じゃあ6時にケルン大聖堂前で!」

「おっけー」






ドイツ人の写真トモダチができた。



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直線的がもたらす効果

Posted by junko on 01.2011 ドイツ Germany   2 comments   0 trackback
2010年10月28日、
ベルリンにて。
またしても建築物による疑似体験に触れることができた。



その名もドストレート、
「ユダヤ博物館」なるものに足を運んだ。



ポーランドでは、迫害を受けた側からの視点で。
そしてここドイツでは、迫害を行った側からの視点で。
両方見ることで初めて自分の中に落とし込めるような気がした。





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幾多の苦難の末、2001年にオープンしたというその建物は、
前日のホロコースト記念碑と同じく、
なんの変哲もない街の中に突如現れては、
私達の視覚を大いに刺激する外観だった。


引っ掻き傷のような痛々しささえ覚える不規則な直線は、
壁面に彫られた窓である。



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外観からして明らかに普通の博物館とは異色を放っている。
中に入ってみてさらに、
その独特なワールドに飲み込まれた。




入り口から流れに沿って進むと、
地下通路に突き当たる。
この地下通路というのが、まさにこの博物館で一番の見せ場といおうか。
どこまでも迷いのない三つの直線通路が、
ジグザグと交差している。

まず一つ目の通路は、
『亡命の軸』
この軸の突き当たりにはドアがあり、その扉を開くと、
『亡命の庭』という場所に出る。



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庭といっても、実際はこんな風に固いコンクリートの柱が立ち並ぶ。
しかも写真ではわかりにくいが、
この柱に囲まれた見通しの悪い細い通路を進むと、
やけに体が重く感じる。
均衡感覚が鈍り、よろついたりもした。
特に閉所恐怖症でもない私が、
なぜここまで体に異変が生じたのか。

それは、かなり急な傾斜がついた地面に対して、
高さ6mにもなる柱が垂直に立ち並んでいるため、
人々は平面を歩いていると錯覚しながら、
実際は急な坂を登っているためだった。

このトラップはまさしく、
人々に当時のユダヤ人が見知らぬ新天地へ亡命した時に抱いていた、
不安な心境を疑似体験させるものだった。




二つ目の通路は、
『ホロコーストの軸』
犠牲者の家族写真や遺留品なんかが収められた展示品を見ながら進んだ先に、
分厚い大きな扉がある。
係員がタイミングを見計らって扉を開けて、私は入る。
するとー。




真っ暗な闇。




すごく寒い。




なにも聴こえない。









突然外の世界から完全に隔離されてしまったかのような錯覚に。
しばらくして目が慣れてくると、
そこには自分の他にも数人が立ちすくんでいることに気づく。
そして、完全なる闇ではないことにも。




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見上げるとそこには一筋の光が。
はるか20mほど頭上に設置された、たった一つの窓。
そこから差し込む光はまさに、
ユダヤ人の絶望の中に弱々しく、けれど絶えることなく存在していた、
「希望」の兆し。




この『ホロコーストの塔』での疑似体験は、
とても明確でわかりやすい。
入館者に伝えたいことがハッキリしている。
その分、意見も大きく分かれるところだろう。
子供騙しと批判する人もいるかもしれない。
私としては、明確だということは悪いことじゃないと思う。
ひねって捻って、最終的に何が言いたいの?と疑問を持たせるよりも良い。
発信したからには伝わらないと意味がないから。
「どうして伝わらないの?」
じゃなく、
「どうやったら伝わるのか?」
にシフトしていった方がよっぽど建設的だ。





そして最後三つ目の通路は、
『持続の軸』
ドイツの歴史の継続性を象徴する展示室へと導く階段は、
この持続の軸の先にあった。



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この階段かなり傾斜が急であり、
しかも3階まで一気に登らなければならない。
継続性の中に組み込まれる苦難がそこに表現されているようだ。




この博物館はどこまでも直線的だった。
構築的にはもちろん、
メッセージの伝え方も。
そうやって直線を使用できるのは、
ドイツだからなんだろうか。
これがポーランドだったら、もっと複雑な線が入り組んでいるんだろうか。
そんな気がした。






その夜はアニータの家に泊まらせてもらった。
二人の家は二人の特徴がすごく表れていた。
無駄なものがないっていうか。
超のつくシンプル。



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ハロウィンが近いこともあって、
パンプキンケーキを作ってくれた。



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そしてその晩、近くのバーでサルサパーティーがあるとの情報を仕入れたアニータ。
以前、コロンビアに住んでいたことがあるという彼女は、
サルサ踊りたい!と。
あ、だったらあたし、踊れないけど行ってみたい!と。

というわけで3人でくり出したサルサパーティー



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LEON風な渋さを匂わせるマークはもちろん踊るわけもなく、

「レディーだけで楽しんでおいで」

と言って先に帰って行った。
残された私達といえば、、、




汗が流れるまで踊りまくった。




本場南米で仕込まれたアニータのダンスと、
センスのないアジア女のダンスとでは雲泥の差があるものの、
なんかもうなんだっていいじゃん!みたいなその場のノリに助けられて、
とりあえずサルサ、踊ってきました。








博物館のディレクターという肩書きを持った彼女は、
やはり日本に対しても興味津々で。
「今のニッポンが知りたい!」と言ってくれた。
私もその純粋な興味が嬉しくなって、
一生懸命、持ってる限りのボキャブラリーと知識でそれに応えた。



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ベルリンのとある街で、
ポーランド人と日本人が真剣に互いの国の話をする。
そうやって世界の誤解はゆっくりと、解けていく。





次の行く先はケルン。
駅まで見送ってくれたアニータが、
私を撮ってくれた。



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また再会したいと強く願う人が増えた。




Posted by junko on 29.2011 ドイツ Germany   3 comments   0 trackback
2010年10月27日、ドイツはベルリンへやってきた。



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すっかり気温も低くなり、
ぱっとしない天気が続く。
でも不思議とベルリンは、ずっと昔からこんな曇り空のイメージだった。




ベルリンは今まで訪れてきた街と違って、
とにかく大都市だった。
どこかに行くにも必ず電車やトラムが必要だったし、
物価も隣国ポーランドとは打って変わってすこぶる高い。

いよいよ西欧に入ったんだな

そんな実感があった。






あまりにも広い街なので、
一体どこから手をつけていいかわからなくなってしまった。
そんな時、フリーのガイドツアーをホステルで教えてもらい、
参加してみることに。
ベルリン以外の街でもこのフリーガイドツアーはよく見かけた。
ボランティアで観光客相手に街を案内してくれるこのシステム、
街が主体のもあれば、ホステル主体のもある。
けれど一度も参加したことはなかった。
今回ばかりはこういうのに頼ってもいいかな、と思い、
集合時間と場所を確認して向かった。


そこには30人くらいの、いかにも観光客といったような老若男女が集まっていて、
案内人らしき人達も4~5人いる。
どうやら客をグループに分けて、行く場所の時間をずらすようだ。





早速ツアーが始まった。
私の入ったグループのガイドさんは、
サバサバした雰囲気の中年の女性だった。
何やら歴史的に意味のあるらしい柱を囲んで、
ものすごい早口の英語で語り始めた。
いや、少なくとも私にとっては、早口だった。

するとその場がどっと笑いで広がった。
このガイドさんが何かジョークを言ったのだろう。
私以外、全員笑っている。





だめだ、、、全然聞き取れない、、
何が可笑しいんだかわかんないよ!!!




すっかり疎外感を勝手に感じてしまった私は、
次の観光スポットへ着いた時、決心した。



ばっくれちゃお。。



彼女の説明が聞き取れないことがもちろん一番の理由だが、
それ以外にも、その場所に好きなだけ居たい理由があった。


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ぱっと見、日本人なら墓石を連想してしまうような灰色の石碑が
何十個、いや何百個、いや何千個も並んでいる。
明らかに周りとは異質な雰囲気を醸し出しているそこは、

『虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑』

通称ホロコースト記念碑だ。



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それぞれの石碑の高さはバラバラで、
踏みしめる地面も歪んでいる。
そのうえ自分の背よりも高い石碑の羅列に囲まれ、
一種の閉塞感に襲われる。
壁は無機質なコンクリートで冷たく、
何も受け入れてもらえないような不安に陥った。




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この閉塞感や疎外感こそ、
当時のユダヤ人が抱いていた感情そのものだと。
ホロコーストを現代の世に視角化させたこの記念碑の建築家は、
ピーター・アイゼンマンというアメリカ人だ。




衝撃だった。
人間が造った建築物によって、自分自身の感情がここまで波打つというのは
今まで体験し得なかったことだったから。
もっと満足ゆくまでその場を感じたかったし、
そのためには半分も理解できない英語のガイドはもう不要だった。


私はガイドの女性に一言告げて、
グループから抜けた。







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以前そこには『壁』が在ったというラインを、
両足でまたいでみる。

そうだ、この街は昔、壁で分断されていた。
といっても私が生まれた時にはまだ存在していた壁だ。

『壁』というのは、もちろん『壁』そのものの意味が主だが、
私達は日常において、
何か目の前にたちはだかった障害を表す時にも
『壁』という言葉を使う。
はたまた、人と人との距離感が遠い時や、
誰かとの間に何かしら問題が生じている時にも、
『壁』という言葉を使う。

そしてここベルリンに存在していた『壁』は、
それらすべての意を含む『壁』であったと思う。



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1989年11月9日に壁が崩壊された後、
文化財として保存された一部の壁に各国のアーティスト達が描いたという
壁画を見に行った。



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どの絵もとにかく力強い。
インスピレーションを受けている対象が壁崩壊というだけに、
何かこう、エネルギーがほとばしっている感じ。

と、その中に見慣れた絵が。
銭湯か?いやいや、ここはベルリンです。

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富士山につい反応してしまうのは日本人だもん仕方の無いこと。
けれど次の瞬間目にしたものに、絶句した。



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この富士山の壁画の説明分のところ、
心ない中国語のイタズラ書き。
中国語は解せないにしても、この漢字から容易に意味は推測できる。


中国が日本に対して持つ感情、
それを知らないわけじゃない。
中国本土で日本の国旗が燃やされたニュースも昔見た記憶がある。
けれど私自身が中国(上海だけではあるが)に行った際に、
触れ合った中国「人」は、
こんな事をするような人間には思えなかった。
もちろん内心はわからない。
そんなの同じ日本人同士だってわからないんだから。
だけどあのコミュニケーションに偽りは無かったように思う。

だから、私は中国人が嫌いとは言わない。
でも、他の国に行って、その国の歴史的文化物を前に、
わざわざ日本の悪口を書き荒らすような人間を育ててしまう、
中国の「教育」に、
やはり疑問を感じてしまうのだ。




なんだか悲しくなってしまった。




こういう時、知ってる人に会えるっていうのは
本当に救いだ。
幸い私は、ワルシャワで出会ったアニータに会う約束をしていた。

アニータの旦那さんであるマークは、
バレーボールのプロチームの監督。
そして今夜、そのチームの試合があるというので、
私を誘ってくれていた。

新川アタッカーズとして小学校の4年間をバレーボールに捧げた私としては、
プロの試合を観れるなんて超ラッキー。
試合前で少しナーバスになっているマークと、
そんなマークをケアしながらも話に夢中なアニータ。
3人で会場へ向かった。




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試合中に指示を出すマーク。
まじでカッコいい。男の中の男って感じ。
それをアニータに伝えたら、すごく嬉しそうに、
ふふふって。笑ってた。



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結果は見事勝利!に終わり、
ご機嫌のマークとアニータ♡




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またすぐに再会の約束をして、
というか今度は宿泊させてもらうまでこぎつけて、
その晩は解散した。





ベルリンの宿はたくさんの欧米人ツーリストで混んでいた。
ある晩共同キッチンで、
イタリア人・フランス人・スペイン人・日本人(私)といった組み合わせで、
それぞれの有り合わせで作ったご飯を一緒に食べたことがあった。
初めてその晩、たまたまキッチンで出会っただけなのに、
妙に皆の波長が合ったのを覚えている。
もちろんみんな私より5つも6つも年下だったが、
そこに年齢はもはや関係ない。
そして皆口を揃えて言うのが、

「日本は行ってみたい国ナンバーワン」

出会う旅人の多くがそう言ってくれる。
そして後に必ずこの言葉が続く。

「でもさー、高いから行けないんだよねぇ」

とにかく我が国ニッポンはとても魅力的らしいのだが、
どうしても値段が高くつくイメージがあるらしい。
私にとってみれば、優雅に外食ばかりしないで、
コツコツ貯金すれば飛行機代くらいすぐ貯まるよ!と思うんだが、
欧米人にとってなかなかそうはいかないらしい。
そもそも貯金という概念が無いのだろう。
まぁでもたしかに宿泊費も、一泊1000円以下なんて有り得ないだろうし。
食事は300円で牛丼にありつけたとしても、
国内の交通費だって高いしなぁ。
やっぱ旅するには高いのかなぁ、日本って。

そうだ、未だに飛行機が怖くて乗れないって子もいたな。
「あんな重い物体が空を飛ぶわけない」って。
お歳を召した方が言うのならまだ理解できるが、
自分と同年代の子が本気でそう怖がっているのを見て驚いた。
さすが陸続き欧州、近隣諸国は陸路でチャチャッと行けちゃうわけで。
その点ニッポンは、周りすべてが「海」で囲まれているから、
「外国に行く」=「海外に行く」
という概念になるわけで。
つまり飛行機に乗らないわけにはいかないんだと。
船旅だなんてそんな優雅な選択肢は若者には贅沢だと。

何が言いたいのかわからなくなってきたけど、
とにかく周りすべてが海で囲まれているという地理的条件は、
日本という国をスペシャルにしている。
当たり前なことではあるんだけども。
日本国民にとっても、
他国の人々にとっても。
ある意味で『壁』になっているのが、海なのかも。

そして「行ってみたい」という希望を持ってくれているのなら、
じゃんじゃんばしばし来てほしい。
今のニッポンを見てほしい。
東京京都大阪だけじゃなく、
北海道だっていいよー。
四国もいいよー。
九州、あたしだってまだ行ったことないけどいいよー。




やっぱりあたしは日本が好きみたいだな。






  

プロフィール

junko

Author:junko
北の大地でお魚食べて育った少女が、
世界へ旅に出ます。

写真が好き。
でも人はもっと好き。

まだ見ぬ出会いを、笑顔を、そして
感動を求めて。

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