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テレレレのレ

Posted by junko on 17.2012 パラグアイ Paraguay    0 comments   0 trackback
パラグアイに入ってから、こんな飲み物をよくみかける。





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これは『マテ茶』といって、赤ちゃん以外のパラグアイ国民ほぼ皆が飲んでいると言っても過言ではない、超ポピュラーな飲み物。
ビタミンやミネラルなどの栄養価がすごーく高くて、
お肉ばっかりで野菜をあまり摂取しない南米人にとっては、
重要な栄養摂取源だったりするらしい。


このマテ茶を回し飲みする人々は、バスターミナル、バスの中、道端、
もうどこででも見かける風景。
ボンビージャと呼ばれる、茶葉を漉すために先端に小さな穴が開いているストローを差し、水筒から一度に飲む分だけ水やお湯を注ぎ、そのストローで飲む。
そして周りの人々と回し飲みをしていく。

このお湯が温かいと、普通に『マテ茶』
冷水だと、『テレレ』と呼ぶのがパラグアイ風らしい。







最初は、他人と同じストローを使う回し飲みに抵抗を感じていた私だが、
ある晴れた日の午後、ふらっと一人で宿の近所を散歩していたら、
木陰でお茶を飲みながらのんびりくつろぐ家族に出会い、
そんな抵抗も知らぬ間に吹き飛んでいた。





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なんでもない道を歩いていると、、





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馬がいた





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あ、牛もいた





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あ、家族。。





おぼつかないスペイン語で自己紹介。
ちょうど日曜日だったこともあり、仕事はもちろんお休み。
家族そろって木陰でお茶会なんて、ステキよね。
彼らはいきなり訪問してきた旅人の私に、
お茶であったかくもてなしてくれた。





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こちらから断るまで、
永遠に注ぎ足されるのが流儀らしく、
何杯も何杯もいただいてしまった。
氷の入った水筒の水はとても冷たくて、
最高に美味しかった!



アティグによるアフリカン式お茶のおもてなし、
ここで出会ったパラグアイ式お茶のおもてなし、
中国式、イギリス式、トルコ式。
そして日本式。

世界にはいろんなお茶があって、
味も流儀も違うけど、
「誰かをもてなす」という意味ではベースは一緒なんだ。







5人という大所帯で行動していると、
もちろんラクチンな思いをしたり、
助かる部分も大きいけれど、
こういう散歩でふらっと現地人に出会えるのは、
きっとひとりでいるからこそのような気がする。












私達がここパラグアイに来たもう目的の一つに、
次に向かう国ブラジルのビザ取得があった。
ここ南米で唯一入国ビザが必要なのが、ブラジル。
そのビザの申請手続き、費用、すべてひっくるめて、
いちばん安く簡単に手に入るのが、(日本円で2,500円ほど)
ここイグアス移住区からバスで5時間ほどの距離にある、
エンカルナシオンという町。
そこに、ビザ取得だけのために日帰りで往復した。





バスで5時間。





なんてことない。





いや本当に。
あのボリビアからパラグアイへの移動バスを思えば、
全然たいしたことない。

地元ネタで言えば、バスで5時間といったら、
釧路から旭川まで行けちゃう。
いや、千歳あたりまで行けちゃうかな?
それを日帰りでやっちゃうなんて、
昔だったら考えられないな。
考えられないことの連続が、
旅においてはより一層現実的に起こる。





ウユニ 694






ブラジル大使館では、午前中のうちに手続きをしないと
当日発行は不可能だと聞いて、朝6時のバスに乗り込む。
11時過ぎにすべりこみセーフ。
なのに、大使館のオッサンは、

「もう今日は遅過ぎる!今日の発行はムリ!」

と食ってかかってきた。

いやいやいや、まだ12時なってませんけど。
なんとかなだめつつ、オッサンに働いてもらう。

すると私達が事前にオンラインで申請していた記入箇所に、
若干の不足があったらしく、

「すべてパーフェクトに書いてもらわないと困るんだ!
 俺の仕事が増えたじゃねぇか!」

いやいやいや、お役所さん。
このご時世、そんな態度はいけませんよ。




こういう時は、もろに相手にしちゃ逆効果。
謙虚な低姿勢でお願い申し上げ、なんとか働いてもらう。
いや、彼が自分の仕事をするのはまったくもって当たり前のことなんだけど。



待つこと1時間ほど。



「heyガイズ!できたぞほら。これで俺もランチが食える。
 あー腹減った!」



もう、いいよそんな態度は慣れっこさ。
ビザが必要なのはこっちだから、立場が低くて当たり前なのさ。
だからきちんと御礼を言うのさ。


「ありがとう」


最後まで謙虚な姿勢を崩さなかったのが功を奏したのか、
帰る時、オッサンは、こう言った。

「ブラジルで良い旅を!」


ん、まぁ、さんきゅ。






また片道5時間ほどかけて、イグアス移住区の町へ戻る。
降りたバスターミナルは30km地点。
宿の住所は41km地点。




ウユニ 704



またバス乗んなくちゃー。



ウユニ 702





でも、待てども待てどもバスが来ない。
いっこうに来ない。
来たのは、バイクの後部に荷台を乗っけたこんなオッチャン。




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すかさずつかまえるアイジ。

「オッチャン、乗せてって!」




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10kmほどの距離を5,000グアラニー(約1US$)で話をつけて、
荷台に大人5人乗り込みました。
重いだろーよ。
バイクは著しくゆっくり走りました。





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優しいオッチャンは、宿の前まで私達を乗せてくれた。










のーんびり過ごしたここ、ぺんそのともついにお別れの日。




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園田さんのお孫さんライキ君は、
お父さんそっくり。
毎日たくさんの旅人に囲まれて育ってるから、
人見知りなんて皆無なのね。
みんなに抱っこされても平気。
やっぱり育つ環境って、こんな幼児の時から影響されるんだな。




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お世話になりました!






同じ場所にずっと長く留まっていると、
次へと移動する起動力がどうしても鈍ってしまうけど、
旅から移動を引いたらなんにも残らないわけだし。

私達は次の目的地、プエルト・イグアスへ向かうため、
またハードなバス移動を始める。




ウユニ 855





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アッキーナ

Posted by junko on 15.2012 パラグアイ Paraguay    0 comments   0 trackback



翌日、約束の朝10時を目指して宿を出たものの、
気持ち良い朝の散歩でついつい寄り道してたら、
10分くらい遅刻してしまった。




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ウユニ 776





そんなダメ大人を笑顔で迎えてくれるアッキーナ。
いや正直、彼女はかなり肝のすわった女の子で、
14歳とはとても思えないほどしっかりしている。




彼女の横にはもう一人スミちゃんという女の子が居て、
今日のランチに私達のために得意の野菜炒めを作ってくれるという。

「ま、カップラーメンだけじゃ味気ないしね」

そうアッキーナが言うと、スミちゃんはにっこり笑っていた。




農協でアッキーナおすすめのカップラーメンを買うと、
さっそく彼女のうちへと向かう。

「あそこがサチんちでー、あ、あそこがマユミんち!」

そうやって友達の家を案内してくれるんだけど、
まぁどの家も立派なこと!
大きいしキレイだし、皆さん、立派なおうちを建てられているのです。



そんなふうにして赤土の道を歩くこと3分。
アッキーナ宅到着。
近っ!

門がまえからしてやはり立派な家屋。

「おじいちゃんが造ったんだ」

「えぇぇぇ!?おじいちゃんが!?」

「うん、そう。だから全部、木なの。
 でもお父さんがそろそろ建て直すって言ってるんだ。
 YO(ジョ)はこのままでいいって言ってるんだけどねー」

そう、本当に全て木でできている、あったかいステキなおうちなのだ。



そんなおうちに、ご両親も居ないというのに上がらせてもらう。
ほんとに旅人の図々しさといったらもう。

おうちに着くなりアッキーナは、パラグアイの伝統衣装を着て見せてくれた。





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ウユニ 787





すべて手作りのオーダーメイドらしい。
細部の作りがすっごくキレイ!




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すいません、私も着させてもらっちゃいました





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彼女はこれを着て、これまたパラグアイの伝統舞踊、
ダンサ・デ・ボテージャス=ボトルダンスを踊るのだ。
なぜボトルかというと、ワインボトルくらいの大きさの瓶を、
瓶底の部分と蓋の部分を繋ぎ合わせて、
5~6本、多い人だと10本も頭の上に乗せて踊るから。
バランス感覚がものをいう、すごーーーーく難しそうな踊り。
彼女はもう小さな頃からこれを習っていて、
イグアス日系入植50周年記念のイベントで踊った模様を、
ビデオで見せてくれた。
バレーボールはできるし、踊りもできるし、
何でもできちゃうスーパーガールなのだ。

この入植50周年記念のイベントはかなり盛大なもので、
他にもたくさんの若者が、日本太鼓や、日本舞踊を披露していた。
1世でこの地に渡って来た方々が、
もともと身につけていたニッポンの伝統音楽、舞踊を次世代へと受け継がせ、
しっかり現代の若者へと繋げている。

さらに、アッキーナの学校は小中一貫で、
その学芸会のビデオも観させてもらった。
親族はもちろん、町中から観客が集まり、
学校という枠を超えたみんなのための学芸会。
きっと、ご近所同士知らない人はいないだろうし、
地域の交流は密度の濃いものなんだろう。









その後、スミちゃんが作ってくれた野菜炒めでランチを食べ、




ウユニ 795





「可愛くなりたいでしょ?」と、髪の毛を編んでくれたり、




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さっきの衣装を着る時は、やっぱりこういう風に髪を編むんだって





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イッテQのビデオを観ながら、、、日本のTV番組を私達以上に知っている





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人んちでくつろぎすぎです




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アッキーナとつーちゃん。あんま歳変わらなく見えるねw







なんだか学生の頃に友達の家に遊びに行ったような感覚で、
すっかり寛がせてもらった。




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続々と集まるアッキーナの仲間、サチちゃんとマユミちゃん




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黒木メイサ似のサチちゃん。愛二、デレデレしすぎです。








どうしてこんなによく知らない旅人に良くしてくれるんだろう。
彼女を見てると、とにかく『日本』に対する憧れが強い。
一度研修で日本へ行ったことがあり、
その時の思い出が色濃く刻まれているよう。


「ほんとは高校は日本で進学したかったんだけど、、、
 ジョがいなくなったら親寂しがるしね」


そう言っていた。




私達がおいとまする時にはお母様も帰って来られて、
ちゃんとご挨拶することができた。
勝手に上がってしまったことには全く嫌な顔せず、
今後の旅の無事を祈ってくださった。





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もちろんこの日も、私達はバレーボールで練習試合の相手をさせてもらう。
昨日よりも一気に距離が縮まった彼女たちと一緒にプレーするのは、
本当に楽しかった。








ペンそのという宿は、もともと一世としてこの地に渡ってきた園田さんという方が
住んでいたおうちを、その息子さんが改築して経営している。
宿と同じ敷地内に、その園田さん一家は住んでいて、
一世の園田さんは宿にもちょこちょこ顔を出してくれる。

そして、たくさんの日系の方々の歴史を知った。

日本人移住区史料館なるものに案内され、
戦後、政府の移民プログラムによってたくさんの日本人が期待を胸に南米へ渡った日本人、その一部がここパラグアイ、イグアス居住区へと住みつき、
大豆の栽培で町を興してきた。
当時の人々の努力により、まったく手つかずの不耕地から始まったこの大豆栽培。
昨年の東日本大震災の際には、大量の大豆を寄付し、
岐阜県の業者と共に被災地へ豆腐を届けたそう。

日本人としての誇りを高く持ち、
パラグアイという日本から遥か遠くに住みながらも、
日本の文化を継承していく。
園田さんは、今、外国人が日本人に対して持つ好意的イメージは、
少なからずこういった日系移住者達の努力によるものだと話す。
事実、旅人の私は日本人であるだけでそういった好意的イメージをもたれ、
恩恵にあずかっている、先人達に感謝する日々だ。
だからこそ、もっと海外に住む日本人と日本国内に住む日本人とが、
協力し合うべきだと話されていた。






日系の方々の歴史は、学校では習うことがなかった。
現在進行形で進むこの歴史、
ここに来なければ知り得なかった事実。








このブログを書いている今日は、2012年3月15日。
つい先日、アッキーナからこんな報告があった。

「日本の高校に行けることになったよ!」

きっとたくさんご家族とも話し合った結果なんだろう。
彼女自身は、とてもその日を心待ちにしている。
よっぽど、日本へ行きたかったんだろう。



日本の外で育った日本人が、日本国内で生活していく。
言語としては全く問題はないけれど、
一体どんな感覚なんだろう。
私にはまったく想像もできいけれど、
彼女が自分のことを「ジョ(YO)」と呼ぶのは
いつしか消えていくんだろう。

スペイン語で「私」は「ジョ(YO)」
日本語とミックスした造語のような、そんな方言にも似た言葉を、
いつか歳を取って、懐かしく思い出すのかな。


とにかく、アッキーナが日本でたくましく育っていくのは間違いない。

「日本で就職して、ガッポガッポ稼ぎたい」

若干14歳にしてそう言い放つ彼女の未来に、
心配はご無用だ。






ザキヤマともやくん

Posted by junko on 14.2012 パラグアイ Paraguay    1 comments   0 trackback

2012年2月3日




夕方。
私はつーちゃんとあーちゃんと、いつものように農協へ買い出しに出た。
すると一人の男の子がついてきた。
私達は恋バナに夢中になっていたので、
ついてくるその子が視界に入りつつも、
あまり反応を見せず、ひたすら喋り歩き続けていた。
10分くらい話してただろうか。
その子は、まだぴったりと私達についてきている。
その忍耐力に感心して、私はついに話しかける。

「何歳?」

「8歳」

いやいや、うそでしょ。
もっとおっきいでしょ。

それくらい彼は体が大きかった。
けれど喋り出すと、ちょっと舌っ足らずな喋り口調が可愛くて、
どんどん話し続けた。
ちょっぴりしゃくれたケツアゴ君、これってあれだ、ザキヤマに似てないか?
そしてこの一言に、お姉さん達はみんな彼の虜になる。

「もうすぐ雨が降るね」

「え?わかるの?」

「うん、わかるよ。僕、雲見ればわかるんだ」

「へぇ~、すごいねぇ。でも雨やだなぁ」

「大丈夫だよ、笑っていたら晴れるよ」

「・・・」



なんてステキなこと言うのこの子は!!!



「笑ってたら晴れるの!?それステキだねぇ!」

「そうだよ。だって僕ね、こないだ雨が降りそうだったからね、
 はっはっはって笑ってたんだ、そしたら降らなかったんだよ」

「へぇ~。じゃあ、お姉さん達も笑おう!あはははは」

「昔はね、僕笑えなかったんだ」

「えっどうして?」

「病気してたからね。だけど具合が良くなってから、笑うようになったんだ」

「・・・(さぞ大変な病気をしたんだろうと一同沈黙)」

「熱が下がったからね」

「え、風邪!?」

「うん」



彼の独特の笑いにひきこまれて、
(いや本人は別に笑いをとろうとはしていないが)
私達はすっかり彼が大好きになってしまった。
「ともや」と名乗る彼は、その後もずっとついてきて、
農協のすぐ近くの公園を通りがかった時、

「ちょっと公園で遊んでく?」

とナンパしてきたので、

「買い物終わったら寄るね~」

と言って一度別れた。
にもかかわらず、待ちきれなかったんだろう。
ともや君(ザキヤマ)は農協に入ってきて、買い物を手伝ってくれた。





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荷物を持つのを手伝ってくれたり、とにかく人懐っこくて可愛いともや君(ザキヤマ)





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これは公園で遊ぶより他ないでしょう。




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遊ぶとなったら本気です





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ウユニ 740
デートしちゃったね♡





ウユニ 727
そう、ここイグアス居住区には鳥居もあるのです









宿までの帰り道の途中に、ともや君が連れてってくれた場所がある。
そこで、旅でしか出会えないような繋がりをもたらしてくれた。

ともや君についていくと、芝生にコートを作りバレーボールをする女の子達がいた。
中・高生くらいの女の子達は、照れくさそうに、でも好奇心を隠せないままこっちを見ている。
それにどうやらこのチームのコーチはともや君のお母さんらしい。

私とつーちゃんは元バレーボール部。
そんなDNAに火がついて、翌日自分達もバレーボールに参加させてもらいないかと頼んでみた。
すると、ちょうど練習試合の相手が欲しかったということで、
快くOKしてくれたのだ。




翌日、愛二と啓陽も誘っていざ参加。
姫アヤカは、姫なので、見学。
私は何年振りかに触るバレーボールが嬉しくて、
サーブもトスもアタックもレシーブも、
もう何もかも下手くそになっちゃってるけど、
でもバレーボールがただただ、楽しかった。
だから赤土で服が汚れようと転んだし、
突き指するまで本気でプレーした。
やっぱり学生の時に本気で打ち込んだスポーツって、
一生体に残ってるもんだと思う。




ウユニ 822




もちろん私だけじゃなく、スポーツ大好き愛二は常に本気だし、
つーちゃんは見事なレシーブを見せつけ、
啓陽にいたっては背も高いからものすごいアタックを決めたりする。
それでもやっぱり体と歳は嘘つきません。
3セット目に入る頃には、みんなヨタヨタ、、、

一方相手の女の子達は、ケロッとした顔でクールに決めちゃう。
やっぱり毎日練習している人にはかなわないよね。




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いや完全にザキヤマっしょ





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おもいっきり体を動かして、最高に気分がいいところに、
嬉しいお誘いがきた。



「あの、、この後予定とかあります?
 もしなかったら、一緒に晩ご食べませんか?」



アキナちゃんというリーダー格の女の子がそう誘ってきてくれた。
そんな、日本でさえ中高生とお話する機会なんてそうないのに、
こんなわけのわからない旅人を誘ってくれるなんてありがたい。


「もちろんです!」




急いで宿に戻ってシャワーを浴び、
どんなお店に行くかわからないけど、とりあえず一張羅で行こうと。
男性陣にいたってはYシャツまで着るしまつ。
(彼らの一張羅はこれしかない)
中高生のお誘いにこんなに舞い上がるアラサーもそういないだろう。

約束した場所と時間に集まると、
さっきまでおもいっきりスポーツ少女だった子達が、
次々とめかしこんでやってくる。
もちろん親の運転する車に乗って。
そんな姿もいじらしくて可愛かった。

指定されたお店は、「グリル・イグアス」といったファミレス的お店。
そんな一張羅着て来るような場所じゃないのに、
気合い入れまくってる大人を彼女達はどんな風に感じたんでしょうか。




ウユニ 764
いやだ、こんなチンピラみたいな大人の男




13人という大所帯だったので、途中で席替えなんかしながら、
それぞれお話するけれど、
やっぱりどこの世も中高生の女の子の興味はもうこれに尽きますね。



恋バナ=恋愛話!



「今まで何人と付き合ったことある?」
「私こないだ別れたんだ」
「あー彼氏欲しい」
「あの子はラブラブだから」



どこかで聞いたことあるようなないような、
そんな会話が飛び交う。
とにかく恋愛ネタに興味津々で、
旅の話なんかどーでもいいらしい。



「この子はジャニーズ好きだから」
「嵐が好きー」
「Facebook持ってる?」



もう、日本の中高生と何ら変わりないんじゃないだろうか。
まぁ、日本の中高生ともあんまり話したことないからアレだけど。
日本の情報はパソコンから入手しまくってるし、
語学だって何ら問題ないくらい完璧に習得している。
スペイン語と日本語が混ざったオリジナル語とかもあって、
それは日系ならではの習慣だと。


とにかく元気なのだ。
ティーネイジャー、素敵じゃないかー。


リーダー格アッキーナは、さらにこうかぶせてくる。



「明日はヒマ?」



えぇ、旅人ですから、、、



「うち来ない?」



えぇ?いんですか?



「うん、全然いいよ!うち明日午前中親いないし。じゃあ9時はどう?」



く、九時ですか?朝の?ちょっと早いな、、、



「じゃあ10時に農協待ち合わせで!」



は、はい!





そんな感じで、中学3年生の女の子のおうちにご招待された我ら旅人5人組。
ただでさえ触れ合う機会の少ない中高生という世代と、
こんな風に出会って、こんな風に仲良くなれるのもまた旅の醍醐味のひとつ。
流されるままに動くのも、悪くないんじゃないか。

そんな気がしていた。





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イグアス居住地 41km地点という場所で

Posted by junko on 12.2012 パラグアイ Paraguay    0 comments   0 trackback

パラグアイの首都アスンシオンでは、
内山田ホテルという日系経営のビジネスホテル級の宿に泊まった。
パラグアイのお金は、何十万グアラニー、何百万グアラニーといったように、
もうゼロが何個もついて訳わかんなくなっちゃうから覚えていないんだけど、
ここはUSドルで一泊15$くらい。
南米ではボリビアに続く物価の安さで有名なパラグアイなのに、
15$なんて破格の高さだ。

どうしてそんな高級チョイスをしたかというと、
理由はひとつ。




「朝食ビュッフェがハンパなく美味しいらしい」




たまにはええでしょう。
納豆とか、味噌汁とか、そういうの食べたいです。




なので二泊しました。
夢のような時間でした。
バスケしたり、プール入ったり、
もはやこれは旅ではないんじゃないかと互いに疑うくらい。



そしてパラグアイ3日目の1月31日、私達は不思議な住所のエリアへと移動する。



「イグアス移住地 41km地点」



ここには、旅人の中で有名な宿がある。
その名も『ペンション園田』
そう、園田さんが経営しているペンション(そのまま)

「豆腐が食べれるらしいよ」
「カラオケもあるんだって」
「プールもあるし、農協もあるんだって」
「あんパンも食べれるらしいよ」

いろんな情報が混ざり合って、
一体どんな場所なんだろうと想像しても、
なかなかそのイメージがつかなかった。

そう、行く前までは。










アスンシオンからシウダデルエステ行きのバスに乗り、
運転手に「クワレンタイウノ=41」と告げる。
「よしわかった」ばりに運転手はうなづき、
 時間ほど走ったところのガソリンスタンドで下ろされる。

何がなんだかさっぱりわからないけれど、
ガソスタのおじちゃんに「ペンションソノダ」とだけ告げると、
「あっちあっち」と指さす。
どうやらこの界隈では有名らしい。





赤土と石畳が混ざり合ったような道を進むと、
そこにはあった。しっかりと。


「ペンション園田」


園田家によるファミリー経営のこのペンション、
もちろん客はみな日本人。
いかにも長居してますといった感じで、
みんなこの空間に馴染んでいる。



パブロさんと名乗る男性が、部屋へと案内してくれた。
「一週間泊まると、7泊目がタダになります」
爆笑問題太田のような間の取り方で、
独特な笑いを誘うパブロッティ(勝手にそう呼ばせてもらってます)の魅力に、
私たちはすぐに惹かれた。
そしてその通り、ここで一週間過ごすことになる。
そう、初めて訪れる、日系居住区という場所で。





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ほんとに仲良しだよね




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さっそく噂の農協へ行ってみることに。
道すがら、「こんにちはー!」と声を掛けられる。
そして農協へ入ってまぁビックリです。
日本米から納豆から豆腐から味噌からカレーのルウからゴマから蕎麦からうどんから、
とにかく日本の食材と呼ばれるようなものはだいたい全部そろっている。
レジの女性も、買い物客も、日本人と変わらぬ顔。
そりゃそうだ、日系居住区なのだから。

でもじゃあ、日系居住区って何?

今回のぺんその(旅人はそう略します)での日々は、
日系の方々の歴史と現在の暮らしぶりを知る時間となった。
よく表現される方法を使うとしたら、
「田舎のおばあちゃんちで過ごす夏休み」
そんな感じの、旅の中の休日のような日々の中で。。




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パラグアイ産激安ビーーーーーール




DSC_9954.jpg
いい感じ♡






  

プロフィール

junko

Author:junko
北の大地でお魚食べて育った少女が、
世界へ旅に出ます。

写真が好き。
でも人はもっと好き。

まだ見ぬ出会いを、笑顔を、そして
感動を求めて。

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