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自分だけの表現

Posted by junko on 15.2011 チェコ Czech Repablic   0 comments   0 trackback
10月9日の朝、よしこはバルセロナへと飛んでいった。


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たった三日間だけだった。
でも濃密だった。
街を歩きながら、彼女はよくこう言っていた。


「もし自分がこの街に住むとしたら、
 どんな仕事するかなぁ?」


今まで旅をする中で、正直そういう想像をしたことがなかった、
というか

「もし住んだら、、」まではあったけども、

「どんな仕事するか」までは及んでいなかったから、

返答に戸惑った。
そして、
彼女の仕事に対する情熱は、やはり私なんかには及ばないと思った。


よしこは、書き物をしたいと言っていた。
すごくイメージがつく。
昔から会話に文語をちょくちょく織り交ぜてくる彼女のボキャブラリーは、
時に難しく、
周りにいる私達が、「え?なんて意味?」って聞き返したりもして。
だけど妙にその事象表現がしっくりくる彼女の言語感覚が、
私は大好きだ。




そして友達と合流するという予定も、これが最後。
これからはまた、一人だ。


次どこで会えるかはわからないが、
始まりの朝という力も相まって、
別段寂しさに落ち込むこともなく、
私は私の次の行き先へと向かった。
まぁよしこと私の仲だから、しんみりするのもアレだしね。




チェスキー・クルムロフ




オーストリアとの国境まであとほんのちょっと、という所に位置する、
世界遺産の街だ。
ヨーロッパでもっとも美しい街の一つ、と言われるらしいが、
そういう修飾語を聞く度に、
いったい何を基準に誰が決めたんだ?と思ってしまう。
そのうえ、あまりの美しさに人々は、
この街を「眠れる森の美女」と評したらしい。


そこまで絶賛される街とはいかほどのものなんだと。
気になって行ったわけです。


プラハからバスで移動したのだが、
そのバスがなんともハイテクで、
ずっと移動し続けるバスなのにWi-Fiが使えるという、
いつもどこかでWi-Fiを探し求める旅人にとっては
非常に有り難いバスだったのだ。


ここには一泊だけして、翌日の昼過ぎにはオーストリアのウィーンへ向かう
汽車のチケットを既に取ってあった。
しかし街に着いた頃には日も暮れて、
なんとなく街歩きをする気にもなれず。
翌朝久し振りの早起きをして観光することに決めた。




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こんな晴れた朝、ひんやりする空気の中で飲むコーヒーは格別ですよね


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昨晩燃え続けた薪の余韻も


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ホステルは旧市街の中にあったので、
門を出ればそこはもう中世そのもの。


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本当に誰もいない。
この街を独占しているかのような優越感に浸りながら歩く。


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このヴルタヴァ川は、プラハまで続いている。
よしこと何度も渡ったカレル橋が架かっていたまさにあの川。
私、「この川はどこどこの川、どこどこの海に続いている」という文句に弱い。
なんかその”繋がってる感”にやられる。



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と思っていた矢先、
朝から呑んだくれている若者に遭遇。
さっすーがー、ビール大国チェコっすね。


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朝の散歩は良い。
体も脳もバリ!と起きて、
見渡す景色がなんか透き通ってる感じ。


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ひととおり旧市街を歩き回ったな、と思う頃、
じわじわと観光客も増えてきた。
遠くから2人組の中年女性が歩いてくる。
服装、化粧、髪型、すべてからして明らかに日本人だ。


どうしようかな。
せっかく気持の良い朝を独り占めしてたんだけどな、、
うん、話しかけないどこう。


そう思って伏し目がちで素通りしようとした時、

「あれ!?日本人の方じゃないの!?
 まぁーこんなに若くて一人旅!?」

あー、、やっぱ来たか、、


避けられないよねぇ、オバチャンの目線ってさぁ。


「あー、はい。。そうなんです、、」

「まぁー!おっきなカメラ持ってぇー!え、ほんとに一人なの?」

「はい、一人です」

「まぁーすごいわねぇ!ホテルはどこ泊まってるの?あたし達はね、◯△□でね、、、」

「いや、あのホテルとかじゃなくて、、安宿っていうか、ホステルっていうんですけど」

「安いの!?え、一泊いくらなの?」

「えー、日本円にしたら1200円くらい、、」

「まぁーー!!安いわねー!シャワーは共同!?シングルなの!?」

「いや、相部屋です。6人とか。シャワーはえっと、はい、共同ですけど」

「ご飯は?ご飯はどうしてるの!?」

「あ、キッチンがついてる宿なので、自分で作ったりとか、、」

「自分で!?っまぁー!!!それは感心だわ。」



そんな調子で見事オバチャンに捕まってしまい、
旅の内容や現在に至るまでのルートなんかを説明するはめに。
その度に「まぁー!」の連発。
挙げ句の果てには、

「あたし達今日ここを離れるんだけどね、
 ホテルに果物とかお菓子とかあるから、それ持ってきなさい!」

ときたもんだ。

いやいや、そういうわけには、、
と思ったものの、ん?果物?
果物ってそいえば高級品じゃんか。
これ、貰わないわけにはいかないでしょー。

まんまと餌につられた私は、のこのことオバチャン達が滞在するホテルへ付いていった。
まぁ確実に自分の選択肢には入らないような豪華ホテルの玄関に、
みすぼらしい自分の格好を見て少し戸惑い足が止まるが、
チェコ人のドアボーイに向かって、
「あぁ、ありがとね」なんて言いながらずかずかと進んで行く彼女らを見て、
なんか私も振り切れた。



やっぱすげぇっす、オバチャン!!



そうしてオバチャン達が泊まっていた部屋まで上がらせてもらい、
オレンジだのリンゴだの、のど飴だのティーバッグだのを頂いた。

いや正直オレンジとかリンゴとかって、旅ちゅうほとんど食べないし、
我が子と同じくらいの私を見てほっとけなかった親心というか、
そういうのもあったかいし、
純粋に嬉しかったわけです。


帰り際ホテルの玄関先で、

「あらちょっと!お嬢さんと記念写真取らなきゃ!ねぇ奥さん!?」

「まぁほんとだわ。ねぇちょっとお兄さん、これ撮ってくれる?」

そう日本語で言いながらチェコボーイにカメラを渡す。
するとチェコボーイも瞬時に理解して、
スマイルを促すような素振り付きで撮影をしてくれたから大したもんだ。
私を真ん中にした記念撮影も無事終わり、
「それじゃあ、、」と切り出すと、

「あ!私ね、名古屋で商店やってんのよ。タバコ屋なの。
 もし名古屋来ることあったら寄ってって!
 ヤマダ商店ていうの。ね、うちヤマダっていうの。」

「そんな奥さん、名前だけ行ったってわかんないわよぉ」

「あらやだ、そうーよねぇ。あのね、名古屋市◯◯区△△町の、、」

「そんなぁー、今言われたって覚えらんないわよぉ」

「あそーお?じゃあ、、これも一期一会ってことかしらねぇ、ねぇ奥さん?」

「そうよ、旅の出会いは一期一会よ」


そりゃあこのご時世、Googleマップたるものがありますから?
商店名だけで辿り着けないこともないですけどね。
なんかもう、そのやり取りが可笑しくて笑っちゃいました。
オバチャン達、ほんとありがとうございました♡




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その後、旧市街を抜けて住宅街の方へと進んでみた。
丘になっているその小さな町を、どんどん登り続けた。
その途中、ひとつの民家の玄関先で見かけたこんな風景。


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摘みたてのリンゴを絞っている。
100%手作りリンゴジュースだ!


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よっぽど物欲しそうな目で見ていたんだろう。
カップに注いでくれた。
絞りたて。さいっこーに美味しかった!!


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うん、、チェスキー・クルムロフ。
誰が何の基準で決めたかわからない、
「ヨーロッパで最も美しい街のひとつ」という表現で知った街。
でもそんなんじゃぁ、失礼なんじゃないかな。
「~のひとつ」って、あんまり嬉しくないっていうか。
だったら「この部分だったら右に出るものはいない!」みたいな、
どこかが明確に秀でてるって言われた方が良いような気がして。

私にとっては少なくとも、
早朝散歩が大成功した街だった。
誰にも邪魔されず、光も豊富で、写真も撮りたい放題。
ずっと心地良かったな。
まぁ、オバチャン2人組に遭遇したのも何かの縁だし。

だけど人によっては、曇りの日に来たなら別の感想を持っただろうし、
だからこそ、同じ旅路を経たとしても、
まったくその街のイメージが違うというのも、
いわば当然なわけで。

旅人同士が分かち合えるものって、
その土地の持つ素晴らしさももちろんあるけれど、
もっと細かいとこなんだろうな。

長時間のバス移動はほんと腰にくるよね、とか。
欧米人って体温高いから、夏はクーラーMAXに上げるから寒いくらいだよね、とか。
「チャイナ」って言われるとどうしてムキになって、
「ジャパン!」って答えちゃうんだろうね、とか。



なんかそんな風に思う。




そして私は、次の目的地ウィーンへと向かった。


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この景色を見て故郷を思い出さないわけがない。
そして一句詠みました。


「どこででも出会う国、北海道」






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プラハの秋

Posted by junko on 14.2011 チェコ Czech Repablic   0 comments   0 trackback
「プラハは曇りが似合う街だね」

とよしこは言っていた。


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すごく同感した。


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昨日カレル橋から眺めていたプラハ城にのぼってみることに。


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このまぁるい甘いパン、焼きたて美味しかったー。
名前なんだったっけなぁ。


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プラハではこうして至る教会でコンサートが開かれていた。
さすがスメタナ、ドヴォルザークを生んだ音楽の街だ。


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街へ下り、その名も「レノンの壁」という場所へ。


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1980年、NYでニューヨークでレノンが暗殺されて以来、人々が集まる場所となり、
壁にはビートルズのポートレートや歌詞、ファンからのメッセージなどが描かれている。
ここは、共産政権時代は非公式な自由のシンボルだった。

しかしプラハの警察は、壁がフランス大使館からよく見える場所にあるため、
メッセージを書く人々を糾弾できないでいた。


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そして再びカレル橋へ。
路上で流れる生演奏が、無条件に旅ゴコロを刺激してくる。


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”願いが叶う”のジンクスに、何人もの人々に撫でられ続け、
ツルピカになったジーザス。


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今宵もやはりチェコビールで語り合い、、


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教会で開かれるコンサートに足を運んだ。


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ソプラノ歌手が歌うアベ・マリア。
音の響きも素晴らしく、2人して聴き入っていた。



翌日には、クトナー・ホラという小さな町へショートトリップ。
プラハから汽車で一時間ほどの、世界遺産の町だ。
滞在しているホステルのスタッフのオススメだった。
このスタッフ、妙に日本かぶれしていて、
例の如く村上春樹を愛読していた。


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私と旅を供にしたならば、宿命でもあるモデル役に、
だんだん慣れてきたよっちゃん♡


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ちょっと社会主義の残り香を感じるような、
殺風景なマンション群もありながら、
どこかのんびりした静かな町。


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すると滋賀ナンバー発見!しかもバイク!
旅もひとそれぞれ、いろんな移動手段があるもんだ。
持ち主と少し会話をし、道中の無事を祈って別れた。


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遠くにそびえるのは聖バルバラ大聖堂。


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小道を練り歩きながら、大聖堂まで向かう。
最高のお天気と、観光客もほとんど少ない静かな雰囲気に、
2人して心底、リラックス。


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そして教会に入ると、、


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光の教会だった。



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ベンチに座ってると、一人のおじいちゃんが話しかけてきた。
つたない英語で、おじいちゃんが放った一言。

「君たちは、アポロ11号の月面着陸の話を信じるかい?」

最初、何を言おうとしているのかさっぱりわからなかったけど、
英語が堪能のよしこは早速食いついている。
要はこのおじいちゃん、アンチUSA派で、
アメリカが初めて月面着陸に成功したという話はでっち上げだと言う。

そもそも月面着陸というのは、
冷戦時代にアメリカがソ連に負けまいとして多額の予算をかけたプロジェクト。
もともと社会主義国だったチェコで育ったおじいちゃんが、
そういう意見を持つのも最もだ。

見かけは可愛いおじいちゃんだが、
はるばる日本からやってきた幼気な女の子(三十路だが)に
そんな話をストレートにしてくるなんて。
よっぽどアメリカが嫌いなんだろうなぁ。


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というわけで政治ネタ大好きよっちゃんは。
1993年チェコとスロバキアに分裂するビフォアアフター的な本をgetして、
ご満悦の様子です。


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プラハに戻る汽車の中で、
一組のオーストラリア夫妻、エミリーとニックに出会った。
エミリーはマレーシア出身らしくアジアン女性。
2人で世界一周しているという。

ニックは、

「この旅のために会社を辞めてきた!」と言い切った。

「私もなんだ!」と便乗すると、

「じゃあ君も辞めるか!?」と、よしこに吹っかける。

しかし彼女の会社名を告げると、知っていたらしく、

「ダメだダメだ、辞めたらダメだ!」と一気に転換。どんなだよw

エミリーの爆裂トークのおかげで、
帰りの一時間はまるで10分のように思えた。


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プラハといえば、フランツ・カフカを生んだ街。
読んだことないけど。
『変身』読んでみたいなぁ。


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こちら、ドヴォルザークさん。


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めかしこんだ紳士や淑女たちが、
その名も「ドヴォルザークホール」へと吸い込まれて行く。
今宵はどんな音楽が奏でられることか、、


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私達は知る由もなく


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ただ橋に佇みマジックアワーを見守るだけで


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今も十分大人なんだけど、、
いつか、もっと大人になったら、
あっち側の人間になれるんだろうかなんて話しながら。
つまりはおもいっきりお洒落をして、
見事なS字カーブを描く背中が美しいスーツ姿の男性にリードされながら、
クラシックコンサートを堪能するような女性に。

今となっては、
どっちでもいいような気がする。
そうなれたらなれたでステキだし、
なれなかったらなれなかったで、別のステキがあるだろう。

だってスニーカーにリュック姿の私達でさえ、
プラハは有り余るほど美しく、
よく使われる「中世へタイムスリップ」という表現じゃ事足らず、
ただただ、本当に、
しっとりと染み渡るエレガントさに包まれた。


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いや本当に、
プラハは美しかった。



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よしこの夏休み

Posted by junko on 12.2011 チェコ Czech Repablic   1 comments   0 trackback



風邪をひいていた。





イタリアでたくさんのことを学ばせてもらったバーバラに別れを告げ、
ボローニャからミラノへと渡り、
トルコのカシュで出会ったミラノ人カップル、ガブリエルとヴェロニカに再会した。


良かったらカシュのくだり読んでみませんか


ある日曜日、ヴェロニカが自宅に招待してくれた。
おじいちゃんのバースデーパーティーを開くという。
そんな大事な日に私なんかが行っていいのだろうかと迷いながらも、
旅人として欠かせない要素の一つ、遠慮知らずを使ってお邪魔した。


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美味しいマンマの料理を堪能しながらも、
悪化していく咳と鼻水。
数日後にはチェコのプラハで高校時代からの友人、よしこと合流する予定なのに、
こんなとこで体調崩してらんないと気持ばかりが焦る。




しかし移動の日は待ってくれない。
ミラノからプラハまではLDCのキング、easy jetで飛んだ。
短距離だから電車で行くつもりだったのが、
飛行機の方が安いというヨーロッパならではの価格設定でこっちを選んだ。

予め席は決まっておらず、言ってみれば早い者順。
乗務員のサービスはほぼ皆無だ。
前後の椅子の間隔もすごく狭い。
ガタイの良い男性なら座ってられないんじゃないかというほど。

まぁそんなことも言ってられないくらい身体は絶不調。
ふらつきながらも予約しておいたプラハの宿までなんとか無事辿り着く。
近所の薬局で薬を買うが、どうにもこうにもチェコ語はわからない。
ゴホゴホと咳をする真似をしてみせて、
咳止めシロップをゲット。
これが最高にまずかった。


明日の昼にはよしこに会える。
その一心で、ひたすらベッドで横になっていた。
深夜6人部屋で眠る中、突如やってくる咳の発作。
他の人を起こしちゃいけないと、止めようと思えば思う程悪化する。
たまらなくなって起き上がりコモンルームに行くが、
そこには逆に元気な若者がたむろしていて、
まるで行き場がなくなったような孤独感に襲われる。



夜が明けて10月6日、待ちに待った再会の日がやってきた。
体調は万全でなくとも、気持は前のめりになって背中を押してくる。
2人で落ち合う場所として決めていた旧市街広場に、
約束の30分前に着き、一瞬焦った。
広場の大きさが、想像以上のものだったからだ。

教会やら旧市庁舎やらの歴史的建造物の他、
たくさんのレストランやホテル、ブティックや土産物店などでひしめきあっている。
こんな広場の、一体どこで会えるというんだ?

彼女の携帯番号は知っていた。
だけどなんとなくかけたくなかった。
この広い世界の中でただ一つ、プラハという街で、
今日、これから、同郷の同じ学び舎で共に過ごした友人と再会する。
そんな時に、携帯という便利な物質の力は借りたくなかった。
いや、そんなものなくたって、会える自信があった。




底冷えする寒さに負けて、ホットチョコレートを買い、
広場の中でもひときわ存在感を放つ旧市庁舎が、
一番美しく見える位置へと向かっていた矢先。



「淳子?」



懐かしい声がした。
よしこだ。
そう脳が認識した瞬間、泣いていた。


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後から聞いたら、よしこも全く同じ気持ちだったらしい。
大きすぎる広場に戸惑いつつも、
ここで携帯は使いたくないし、
淳子ならこの辺で待つんじゃないかって。
うれしいね。



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ずっとカレル橋にいた。
全然飽きなかった。
それくらい、プラハ城とヴルタヴァ川の美しさにみとれていた。


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とはいっても。
再会に乾杯は欠かせないもので、、
チェコといえばのピルスナーでしょう!


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俺のアタマいかしてるだろ!?


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今回よしこは、夏休みを利用して、
イスタンブール~プラハ~バルセロナという長距離旅行をする。
インとアウトの都市がまるで私と同じだが、
私5ヶ月、彼女2週間。
私職なし、彼女バリが付くキャリアウーマン。
それぞれの環境は全然違うのに、
会えばやっぱりいつもとおんなじ。
釧路でわいわいやってた頃の、あのまんま。

この旅の出発日、成田まで見送りに来てくれたのも彼女だった。
渡された手紙の中には、
旅の願望を初めて彼女に打ち明けてから、
一年後、それを実現した私への応援メッセージが詰まっていた。

それがこうして、いくつかの月日が経って、
石畳の道を昔と同じように喋りながら歩いている。



なんでいきなり泣けちゃったんだろ。
風邪のせいで心まで弱くなっていたせいか。


イスタンブールを一人旅した女性にしかわかり得ない
おいしい体験(爆笑必須)
そんなことも共有しながら、おしゃべりが深夜まで続くうちに、
前日の晩どうしようもなく寒かったこの部屋が、
すごく温かく感じた。



  

プロフィール

junko

Author:junko
北の大地でお魚食べて育った少女が、
世界へ旅に出ます。

写真が好き。
でも人はもっと好き。

まだ見ぬ出会いを、笑顔を、そして
感動を求めて。

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