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帰るよ

Posted by junko on 11.2014 旅の終わり the end of travel   1 comments   0 trackback



昔勤めていた会社を辞める際の送別会のこと。
二次会にみんなで行ったカラオケで、上司や同期が総立ちで歌ってくれたのが
ミスチルの『終わりなき旅』だった。
これから新しい道へと進む私の背中を優しく、強く押してくれた。
もうかれこれ8年前のことになるけれど、
今でも鮮明にあの時のみんなの顔は思い出せる。
それぐらい、本当に本当に感動したし、嬉しかった。
あの瞬間があるからその後のいろんな壁も乗り越えられた。



そう、『人生』を『旅』という言葉を使って比喩的に表現することは、
よくあることかもしれない。

生まれてから死ぬまで、その一筋の道を旅として捉える。
始まりがあって、たくさんの物事や人との出会いがあって、
燃えるような情熱や飛び上がるような喜び、
心が震えるような感動があって、それと同時に、
誰も信じたくなくなるような裏切りや、
どうしようもない疎外感、情けない自分自身への怒り、
そういった起伏のある感情と共に人生を綴る。
時には波打たない穏やかな時間も流れる。
そしていつかは迎える終わり。

その過程を旅と表現するのはすごく自然な流れ。





けれど私の場合、この日本を離れていた約3年間は、
旅そのものが私の人生だった。
まぎれなもない、旅そのものが。









2010年のヨーロッパ一人旅から始まり、
2011年にはカナダはモントリオールでのワーホリ生活、
そして2012年から再開した南米~中米~アフリカ~ヨーロッパ~アジアを
巡る旅。

旅を中断していたカナダでの時間でさえ、
滞在目的は旅の資金を貯めることだったので、
いつも暮らしの中心に旅が在った。



そんな、日々の暮らしそのものだった旅が、
今終わろうとしている。












長くブログから離れていた。
もうかれこれ一年近く書いていなかった。
けれど今のこの気持ちは、日本に帰ってからでは決して綴れない。
そう思って、時間軸は狂うけれど、今、最後の飛行機を待つここ北京の空港で、
文字に起こそうと思います。












こうして何かを待つ時間が、この旅の中でとても多かったように思う。
ほとんどはバスを待つ時間だったけど、時に列車だったり、
時に飛行機だったり、時に人だったり…
そんな長い待ち時間の後にやってくる移動の時間そのものも、やはり長くて。
けれど座席の背にもたれてふーっと力を抜く時、
ものすごく穏やかでいい気分に包まれていた。
それまで居た場所を離れる寂しさや、次に向かう新しい目的地への興奮などは、
いっとき姿を消すのだ。
なんだったんだろう、あの移動が始まる瞬間の不思議な幸福感。
とても贅沢な、けれど旅には欠かせない時間が、移動だったんだ。

iPhoneをとうの昔に失ってから、音楽を聴くことも極端に減り、
バッテリーが一時間しか持たないへなちょこMP3プレーヤーも、
もちろん登場回数は低い。
当初のようにわざわざパソコンを開いてブログに勤しむこともなくなり、
読むべき本ももう持ち合わせていなかった。
つまり十何時間という、いや待ち時間も含めれば、
二十時間を超えるほどの莫大な時間を埋めるべき手段がなかった。

それはつまり、思考か睡眠か、もしくは妄想か。
その三つしか選択がなかったわけだ。




その国の、その都市の、その村の、その文化に自然に人にとどっぷり浸かっている時には、
ただ漠然と現れてはかすんでいく感情を、
その場所を離れる時に車内で反芻することで、
自分の考えとしてまとまりを持って捉えていた。
もしその都度こうして文字に書き起こしていたなら、
もっと明確に残せただろう。
でもほとんどはケイヨウとの間に交わされる会話の中でそれは行われた。
話せる相手がすぐ隣に居るということは、
普段は忘れてしまいがちだけど、実はものすごく幸せなことであって。

そう、ついついその存在を当然のように扱ってしまったこともあった。
旅中は24時間ずっと一緒、トイレとお風呂以外ずっと。
それが自然な形になっていて、一人の時間が欲しいなんて思ったことはなかった。
それでもやっぱり衝突は何度か起きた。
たいがい私が文句を言うのが発端だったけど。

一番多く文句をぶつけたのは、彼の徹底した節約に対してだった。
それを『ケチ』という一言で済ませてしまえばただそれだけの事になってしまう。
でも実際はそうじゃない。
徹底したコントロール、長年の旅の経験値から成る的確な計算、
プランを実行に移す行動力、それらが揃わなければ、
あんな低予算でこんな長旅ができるはずはなかった。

ワーホリ以降の二人旅、ざっと計算で240万円。
それが約二年間だから、一人あたり、一年間を60万円で旅したことになる。
飛行機などの大きな交通費も含めて、だ。
それって破格だと思う。
まず2010年の私のヨーロッパ一人旅は、5ヶ月で100万円使った。
行きたい所に行き、食べたい物を食べ、買いたい物を買う、
ストレスフリーで欲望にどこまでも素直な旅。
そりゃあ、『セレブバックパッカー』だなんて言われちゃうよな。



それが今回の二人の旅路においては、
レストランで地元料理を美味しそうに頬張る観光客を横目に、
あっちの方が50円安いからといって数キロ離れたスーパーマーケットまで
歩いて行って、買ったパスタで自炊。
暑い日に諦めたいくつものアイスクリーム。
試着までして気に入ったけど結局手に入れなかった洋服。
たくさん諦めてきた。

ターミナル中を練り歩いて、何人ものおっちゃんと値段交渉しては
辿り着いた最安値のバス。
そこの店で一番安いからといって買った謎のブランドのシャンプー&リンス、
そのせいでパサパサになった髪。
水を買うのもためらって、水道水を沸かせば飲めるはずと沸かし、
熱湯のまま空いたペットボトルに入れてボコボコになったボトル。
観光地の入場料が地元民の5倍の値段で腑に落ちず、
ケイヨウが「いいよ、淳ちゃんだけ観ておいで」と言われ、
さらに行く気を無くしたこともあった。
二人で旅してんのに、そんなんじゃ意味ないんだよ。

宿のキッチンのフリーBOXに入っている物は迷わず頂いた。
人がくれた服ばかり着ていた。
与えられた食べ物は何でも食べた。

日本の社会においては美徳とされる『遠慮』を一切捨てることで、
恥ずかしさやプライドなんかも吹っ飛ばした。
そうやって成し得た低予算だ。





そしてもうひとつ忘れてならないのが、
私達がカップルだという事実が人々の信頼を得易かったということ。
ちょっと考えてみればもっともだと思う。
自分が受け入れる側だったなら、男1人よりも女1人かカップルの方が信じられる。
逆に旅人目線で言えば、いくら相手が善良そうな人だったとしても、
その人が男性だったなら、どんなに誘われてものこのこと家に着いて行くのは不用心。
でもこっちがカップルだったから、ケイヨウが居るから、
どんな状況でも飛び込んで行くことができた。
そうして成し得たホームステイの連鎖。

今年に入ってからというもの、宿に泊まった日数より、
はるかにホームステイした日数の方が多い。
モロッコから始まり、セネガル、モーリタニア、ドイツ、スウェーデン、
トルコ、イラン、そして東チベットでも。
彼らと衣食住を共にすることで、観光地に行くのとは違った、
私達だけの旅を作ることができた。
現地人との交流という軸が、写真にも現れた。

宿代と食費がこうして浮いたことも、私達の財布をとても助けてくれた。
それに今年に入ってからブログを停止したことで、
より彼らと密に過ごす時間が増えたのも事実。
ブログを書くということは、ある一定の時間、周りとの交流を遮断して、
自分1人の空間と時間を作らなければならない。
けれど、もてなされている立場で、友人や家族に囲まれて談笑している時に、

「あ、すんません、ちょっとブログ書きたいんで部屋引っ込みます」

なんて誰が言えるだろう?

私達はブログを手放すことで、
側に居てくれた彼らの深い信頼と愛情を得ることができた。




旅の仕方、つまり旅においてのお金の使い方は千差万別。
観光にお金をかける人、食事にお金をかける人、
洋服や小物など土産品にお金をかける人、お酒にかける人、
アクティビティにかける人、色んな旅人に出会ってきた。

どんな旅の仕方が良いとか悪いとか、
そんなものに答えなんかない。
正しい間違ってるもない。
みんながみんな、それぞれに誇りと情熱を持って、
自分だけの旅を創り出している。

私達なりの旅においては、ブログと並立することは結局できなかった。
もちろん日本で心配、応援してくれる人達のことを思うと、
できるだけ続けたかった。
読みながら一緒に旅、してほしかった。

でも続けていたなら、この旅、特に今年に入ってから、
より深く現地人の奥にもぐっていくような滞在の仕方はできなかっただろう。

…ってまぁ言い訳かな。
でも、これで中途半端に終わらせるのもいやなので、
帰国後も何かしら書き綴っていきたいとは思う。











現地人と奥深いところで交流するということは、
同時に彼らの外向きだけじゃない内向きの側面も見られるということだ。
つまりそれは、リスクを背負うことに近い。
優しく撫でていれば牙をむかれることもなかったのに、
好奇心が追い風になって、奥深いところまで触ってしまったせいで、
自分が傷ついたこともあった。

この世の中には、自分の主観だけでは受け止めきれない、
理解できないようなものごとが本当にたくさんあるということ。
片側の視点だけでは、何も判断できない。
それを痛感した。

流れる旅人として、常にどちらに転がっても対処できるように、
ニュートラルな姿勢を保つべきだとケイヨウは言った。
その通りだと思う。旅人の立場として。
だけどどうしても感情が先に動いてしまう時、
それを抑えるのがすごく苦しかった。
心が疲弊して、思考がストップした。

具体的には宗教に絡む出来事がこういう状況を招いた。
長くイスラム教圏に居たためか、
この宗教に対して考えさせられることがどんなに多かったことか。
細かい出来事やエピソードにはいつか触れるとして、
ただひとつだけ明確にわかったことだけをここで書きたい。


イスラム教という宗教が、矛盾だらけの人間が作った、
ただの一宗教に過ぎないということ。


戒律から生まれる容姿や宗教的建造物が、
日本のそれとかけ離れているせいで、どこか特別視していた。
他の宗教と何ら変わらぬただの一宗教なのに。





そう、いつでも宗教と政治が物事を複雑にさせる。
キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の関係性。
それを知れば知るほど、自分が仏教国であることに安心した。
他宗教を否定することなく、「より良く生きるための哲学」としてそこに存在する仏教。
この「より良く生きるための哲学」という表現は、
旅中に出会ったお坊さんから教わったものだ。

それに加えて神道がある。
あらゆる自然界のすべてを生きとし生けるものとして崇拝するその姿勢は、
物を大切に扱うこととか、地球環境を意識することに繋がる。
それが日本独自の教えであることに、私は誇りを持てる。

政治に関してはもう辟易している。
他の国の若者の多くがそうであるように。
一番わかりやすい日本と中国の関係性だって、
ここ中国を自分の目で見なかったなら、もちろん私は中国に対して偏見を持っていただろう。

あまりにも大きなこの国を、私は一体何キロ陸移動したんだろう。
ウイグル自治区だけで3,000キロ、その後青海省、四川省、湖南省、福建省と横断し、
そこからさらに北京へと北上。
一万キロは軽く超えただろう。
地域によって料理の味付けも変われば人の外見も違う。
言葉も、文化も、宗教さえも。
ウイグル自治区、チベット自治区は分かりやすい例として、
客家という民族がいることも新しく知ったし、
他にもまだ外に知られていないような小さな民族がたくさんあるはずだ。

当然、それぞれの土地において民族主義を唱える人間はいるわけで、
こんなに多くの多種多様な人間を一国にまとめる中国政府の底力って、
どれほどのものなんだろう。
政治力だけじゃない、経済力もだ。
衝突も多いだろう。だからこそそれらの分裂を沈めるために、
どこかに敵国を作る必要がある。
そうすれば民衆の意識をまとめやすいからだ。
その標的が、日本であり最近では韓国でもあるんだろう。

中南米、アフリカではsamsunの一人勝ちだったのに対し、
ここ中国では断然アップルだ。
アメリカと中国の関係性をこういうところで思い知らされる。

けれど常に政治は政治、人は人。
つい先日も列車で向かい合わせになった中国人青年と、
日本と中国の領土問題に会話が及んだ。
もちろん相手からその話題はふってくるわけで、
私達から進んで投げることはない。
彼は、日本は軍国主義なのかと聞いてきた。
私達は誤解を解くために知り得る限りの言葉で思いを伝えた。

その後も険悪なムードになることもなく、
一緒にご飯を食べようと誘ってくれたり、
カードゲームを楽しんだりした。

彼はこう言った。

「私達は皆同じ百姓です」

言わんとしていることが伝わってくれた。













旅中で一番多かった質問、そしてこれからもされるであろう質問、
それは、

「今まで旅してきてどの国が一番良かった?」

長い間これに対する明確な答えが持てなかった。
だから大陸ごとに分けて、

「中米だったらグァテマラかな~」

なんて答えたりもしていたけど。
旅が全て終わる今ならこう言える。

「どの国もすべて良かった。」





良くない国なんかひとつもない。
何も無い国なんてひとつもない。
そりゃもちろん、解せない部分、好きになれない部分、
言ってみれば短所のようなものは、それこそ全ての国にもあるけれど。
よく、旅人の個人的主観で、

「あの町は何にも無い」

とか言う人がいるけれど、
そこで生まれ、人生を綴り、一生を終えていく人間の暮らしが確かにあるんだ。
それを「何も無い」の一言で片付けてしまうのは、
あまりにも身勝手過ぎないか。

だから私はこう答えたい。

「すべての国が素晴らしくて、同時にすべての国が欠点を持っている」

完璧な国なんかない。日本も含め。
だからこそ国は変わり続けていくんだろう。
そして国と国との関係性も、変化し続ける。
昔は行けなかった国に今では行けたり、
逆に昔は行けたのに今は行けない国なんかもあって。
常に変わり続ける生き物のようなこの世界において、
2012年~2013年の約二年間、ケイヨウと共にしたこの旅は、
やっぱりこの年でしか実現できなかったんだ。








本当に、ほんとうにたくさんの人々に助けられて達成された旅だ。
ふとしたきっかけで出会い、私達を家に招き入れ、
ベッドと食べ物を与えてくれた優しい現地の人々。
宿で出会い、同じ旅人という境遇だからこそ共鳴し合い、
朝まで語り合った旅人。
facebookの更新がないからと、心配してわざわざメールをくれた日本の友達。
そしていつも、どんな時も心を寄せてくれていた家族。



そして、すべてを共にしたケイヨウ。

どんな時も、『二人でいる在り方』を一番に考えてくれていた。
彼の場合、私が居なかったとしてもきっと旅を達成しただろう。
私が居たから、諦めたこともあっただろう。
逆に私が居たから、もっとお金がかかってしまっただろう。

それでも常に、二人が一緒にいる意味を大事にして、
側に居てくれた。見守ってくれた。

旅をしていて不安や恐れなどひとつもなかったのは、
いつも安全なルートを考えてくれていた彼のおかげだった。




誰ひとり欠けても成し得なかった旅だ。
それが終わろうとする今、あふれてくるのはそんなみんなに対しての感謝の気持ちしかない。

ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。
ほんっとに。









この旅の経験は、これからの私達の人生に大きく左右する。
もうその道筋はとっくに定めてあって、覚悟も決めた。
だから、旅自体は終わるかもしれないけど、
生き方としては切れずにずっと続くわけで。


それについて具体的に物事を進めたら、いつかご報告します。


とにかく恩返しがしたい。
私達ができる恩返しの方法を、みつける。
たくさんの愛情を注いでくれた世界中の友達に、
今度は日本に来てほしい。
彼らだけじゃなく、彼らの友達や家族だっていい。
もし日本に来るチャンスがあるなら、必ず私達を頼ってほしい。
出来る限りの力でサポートしたい。
愛情を注ぎたい。
彼らが私達にしてくれたように。









とにかくまずは、いやってほど湯船に浸かりたいです。
プレミアムモルツが飲みたいです。
冷や奴が食べたいです。
秋刀魚が美味しい季節だなぁ。日本酒と一緒に突っつきたい。
ラーメンが、味噌汁が、おにぎりが。
すべての和食が恋しいです。

帰国後はしばらく実家でゆっくりさせてもらった後、
また動き出します。




こんな長い文章読んでくれてありがとうございました。
近いうちに会いに行きます。
細かい話は、その時にゆっくり。






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2013年9月27日
中国、北京空港にて









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山三昧!ワラスの遊び方

Posted by junko on 23.2012 ペルー Peru   0 comments   0 trackback


2012年6月25日





サンタクルスのトレッキングから帰ってきた翌日。
目覚ましなしでゆっっくり寝たあと洗濯して干してスッキリ!
どうして洗濯したあとってあんなに気持ちいんだろね♬

その後いつもの四人でワラスの町を散歩していた。






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そうそう、ここペルーでは古いビートルをたくさん見かける。
ぽてっとした形でカラーも様々、可愛いな。





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かわいらしいインディヘナお嬢さん♬





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あらま。合体したまま離れなくなっちゃったのね、このワンちゃん達(笑)





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途中で小雨が降ってきた。
私は洗濯物を取り込まなくちゃいけないからと、
まだちょっと見たいものがあるという男の子達より先に、
宿へ戻った。


宿に戻ってくるなりキッチンで何やらゴソゴソ支度を始めてる。
覗こうとすると、だめ!って跳ね返される。
そっか、なんか美味しいもんでも作って誕生日のお祝いし直してくれるんだね♡




いつもは台所に立つ側なのに、
今日は部屋でゆっくり待つ側。あー贅沢。
男三人で、一体何を作ってくれたのかとゆーとっ。






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みんな大好きハンバーグ♡




牛肉100%のでっかいハンバーグのソースはトマト煮込み。
セロリのダシで作ったジャガイモのピューレと共に!





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ワインも買ってくれてたよ。




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アルゼンチンはパタゴニア産ワイン。





ナイフとフォークのカチャカチャ料理が嬉しい。
ずっと雑炊だったもんね。。。
それにみんなで協力して作ってくれて、お祝いしてくれたことが
何より嬉しいっ。
それにほんとに美味しかった。
みんなありがとう。




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弟が増えていくよ♬






その後サプライズでケーキもあったよ。
ほんとはホールケーキを探してくれてたらしんだけど、
ぜーんぶ色がすごいピンクだったり青だったりするんだって。


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毒々しい色のペルー産ケーキ、お味の方はというと、
うん、悪くないっ笑



忘れられた31歳の誕生日、
ある意味忘れられない誕生日となりました(◍˃̵͈̑ᴗ˂̵͈̑)ァ,、'








翌日6月26日


今日、ガイズは三人ともまた一日トレッキングに出掛けていった。
あーもう完全に山にハマりましたね。
私は宿でゆっくり写真の整理。

ここの宿のお母さんは、いつも美味しそうなペルー料理を作ってる。
今日は私のお気に入りペルー料理、アヒ・デ・ガジーナを作るというので、
レシピを教えてもらった。
アレキパのサンドラママの味とはどう違うのかな。







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こんな景色を観てきたんだって。









そうそう、ペルーの市場はすごい。
一言でいうと、生々しい。
特に肉屋さんのディスプレイは、最初見た時には「!」ってなったけど、
市場に通う度、精肉に対する見方が変わった。
さっきまで生き物として生きていたのが、
一瞬にして精肉に変わる、それが至極当たり前のことのように。
生きる、食べるの関係がハッキリと存在する。
避けては通れないし、何も隠すことじゃない。





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ペルー名物「クイ」もこんな形に開かれちゃう。





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毛も残したまんま





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野良犬が投げられた骨をかぶりつく













6月29日


すっかり山遊びにハマった男の子達は、
トレッキングだけでは満ち足りず、
ついにクライミングへと挑戦しに行った。

帰国を控えたヒカルは、最後に何か挑戦したいと言っていた。
高山病のことだけが心配事だったけど、
ケイヨウやタカシ君の押しもあって、
三人で挑戦することに決めたみたい。

前日にコカ茶やらニンニクやらを大量に買い出して、
三人は意気揚々と出掛けていったよ。
その名も「ピスコ山!」





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いってらっさい!






ほんとは普通二泊三日のコースで登る山なのに、
だって結構な高さだよ、標高5,752mだもん。
それを見事に登頂して、なんと一泊二日で帰って来ちゃった。






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登頂おめでとう!!!





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旅の締めくくりに大きな挑戦したヒカル。
よくやった!




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アコンカグアはあとほんの100m手前ってところで断念せざるを得なかったケイヨウ。
もちろん挑戦したこと、その過程に意味があるから達成感はあるけど、
初めて立つ山の頂点は、また格別だったんじゃないかな。
良かったね。





そして山男、タカシ君。
元自衛隊という体力と忍耐力の持ち主で、
なんとこの数日後、ペルー最高峰ワスカランへと挑戦。
もちろんケイヨウも参加しないわけがない。



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そんなワスカランをピスコの頂上から見上げる。
次はお前だ!って感じで。








にしても頂点からの景色っていうのは、何ものにも代え難いっていうか、
こうして写真で見させてもらっただけでも感動するのに、
実際自分の足で登って、自分の目で眺めるこの景色は、
そこに立った者だけが享受できる賜物だ。





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いつもこんな風に四人で食卓を囲んでた。






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お母さんレシピのもと、挑戦したアヒ・デ・ガジーナ。
大成功♡






世代は違えども、いっぱいいろんなこと共有した気がする。
好きなもの、考え方、音楽、いろいろ。
それにいっぱい笑ったね。

だけどいつもそう、旅に別れはつきもので。
ヒカルがワラスを去る日がやってきた。
でも別れを惜しむことはない。
だって絶対また会う気がするから。
てか、間違いなく会うっしょ!






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ありがと、ヒカル。











ヒカルが去った夜、残された男達二人は、
黙々と準備を始める。
そう、タカシ君とケイヨウは、明日からワスカラン登山だ。





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そんなロープ何に使うのですか





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バックパックがメドゥーサみたいになっちゃったよ







もちろん早朝出発。
私は二人を見送るために一緒に出掛けた。





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ワスカラン南峰、標高6,768m。
ペルー最高峰にして地球上の熱帯地域最高峰。
そんな大物に挑むわけなので、
今回ばかりはガイドを付けた二人。
だから私も、前回のアコンカグアに比べたらだいぶ気持ちは楽。






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ガイドのマルコ、二人をよろしくおねがいします!








そうして山男たちは、意気揚々とバスに乗り込んでいった。






彼らがワスカランにかける5泊6日の間、
さぁ私は何しよう?( •ॢ◡-ॢ)


テントの中で飲むラム酒

Posted by junko on 21.2012 ペルー Peru   1 comments   0 trackback



2012年6月23日







今朝は朝6時に起きた。
昨日は夜の8時に寝たからたくさん睡眠時間はとっているはずなのに、
寒くて何度も目が覚めてしまった。
眠りは確実に浅い。







親指の爪の痛みは昨日よりも増している。
そこをかばうようにして歩くから余計に変な所も痛くなる。
けれど、痛みは意識の集中によって感じなくなることに気づいた。

例えば「痛み」というワードから一人連想ゲームが始まる。

「痛み」→「痛みをこらえてよく頑張った」→「小泉元首相」
→「Xジャパン」→「Endress Rain」→「ニコニコ動画」
→「マキコ」→「ユウタ」→「元気かな」

といった具合に、完全に自分にしかわからないネタなんだけど、
どんどん頭に浮かぶ映像だったり音だったりが変化していく。
同時に「痛いなぁ」という感情は忘れていく。
すると自然と歩幅も大きくなって、歩くスピードが早くなる。
意識して姿勢を伸ばすと、ずっと向こうにタカシ君とヒカル君が。
だんだんと彼らの姿が大きく見えてくる。
追いつきそうになって、すごく気持ちも高揚してくる。
これがクラマーズハイってやつなのかな。

休憩をすると足が固まっちゃうから、
なるべくしない方がいいってケイヨウが言ってた。
だからみんなが休んでいる間も歩き続ける。
一人でゆっくり、ゆっくりでいいから。
自分の呼吸の音と川を流れる水の音しか聴こえなくなる。

だけどあっという間にみんなに追いつかれる。
私はほんとに歩くのが遅いみたい。
もし爪を損傷していなかったらもっと早く歩けただろうか?
それとも体力の問題なのか、、、






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みんなで写真を撮り合いっこ






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タカシ君はポーズのキングです






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だめだね、まだ照れがあるもんヒカルは






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やっぱりこの人は飛ぶでしょう






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もう天候はひどく荒れてきた。
視界が悪くて、なんにも見えやしない。
それでも遠くには雪をかぶった山脈がうっすらと。
私は岩井俊二監督『ラブレター』の中山美穂のごとく、
向こう側の山に向かっておもいっきり叫んだ。





「おーげーんーきーでーすーかーーーーーーーー!!!」





するとその何秒か後に、向こう側の山から雪崩が起きた。
ずどどどどどどど、、、!




「ちょっと!やばいですって淳子さん!
 雪崩起きちゃったじゃないですか!」

「え?あたしのせいなの?」

「いや可能性はなきにしもあらずだよ」

「音の波が伝わったのかも」

「え!?まじで!?それやばくない?」

「うん、もし人が居たらどーすんの」

「え?ちょまって、どうしよ」

「もうどうしようもないって。なんで叫んだの」

「淳子さんやり過ぎですよー」

「えーーーーーーーーー」





ふざけてんのか本気なのかわからない顔で言ってくる男の子達。
ねぇ、なに?ほんとなの?
とりあえず、山で大声で叫ぶのはやめといた方がいいでしょう。





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吹雪に打たれながらも、サンタクルス一番の峠を目指す。
PUNTA UNIONと呼ばれるこの峠を越えれば、
あとはもう下るだけ。
もう思考は完全に前へ、上へのシンプルパターン。
標高は4,750mとかなり高い。
振り返らずに、前へ、上へ—。





やっとの思いで頂点に達した時の感動!!!!!
ケイヨウが「じゅんちゃんがんばったね」と言ってくれたから、
私は思わず抱きついてしまった。
そしたらヒカルが「いーなー俺もー!」って、
すかさずタカシ君が「じゃ僕もー!」ってなって、
四人で抱き合いながら喜んでた。






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湖だけがぽっかり、ものすごく美しい蒼を浮かべていた





私達が登ってきた反対側の道からロバが登ってきた。
足下はツルツル、何度も滑って転びそうになりながら、
一生懸命歩いていたロバ。
ロバだってこの峠越えは辛かっただろうよ。





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なんだろう、この高揚感。
天気は最高潮に悪いのに、もう景色なんかどうでもよくて。
ただただ、自分の足でここまで歩き続けてこれたこと、
とにもかくにも「頂」に立っていること、
それがすごく嬉しくて、達成感に満ちあふれた。
もちろん、歩くのはこれから先も続くのにね。
峠を越える前と越えた後の気持ちって、全然違った。





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峠を越えた頃からお日様がみえてきた。
山の天気ってこんなに変わりやすいんだ。
この山を下から見上げる絵が最高にカッコ良かったんだ。





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そりゃタカシ君もポーズきめるっしょ






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すれちがった現地のおじちゃん。
なんと彼とはこの後ミラクルな再会をすることになるんだけど、
それはもうちょっと先の話♬











16時にテントサイトに到着。
ヒカルがちょっとだけ高山病っぽい頭痛を感じ始めて一休み。
標高としては3,800mまで降りてきたのに、、、
高山病ってただ高い場所に居るから起こるんじゃなく、
高低の差に順応できない時に起こるものなんだね。





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まぁでも元気なんだけどね





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明日のルートを再確認






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今日は9時に出発、17時に目的地に着いた。
休憩を抜いても7時間は歩き続けた。
例えば8時間労働の会社員、9:00〜17:00まで働く。
ランチの時間を抜けば7時間、働いたことになる。
私が歩き続けた時間、彼は誰かの、そして何かのために労働する。
一方私はただただ、歩き続けた。
生産力として比べたら何も無いに等しいかもしれない。
だけど、例えばこの7時間トレッキングしたことで私に体力がついたとする。
それで一日寿命が延びたとする。
そしたら元の寿命より一日分、誰かのために美味しいご飯を作ってあげられるかもしれない。
世界のいろんな話を聞かせてあげられるかもしれない。

そう思うと、どんなことにも無駄なんてことはないっていう、
誰かが歌の中で歌うような言葉が、
実感をもって自分の中に沁みこんでいく。








そういえば、なんだけど。
今日って何日だったっけ。
たしかトレッキングを始めたのが21日だったから、
今日は三日目、、、ってことは23日、、、
ってことは、あれ、あたし誕生日じゃないか?
あれ、でもほんとに今日って23日かな。
ケイヨウから何にも言われてないけどな。




31歳か、、、31歳?あー、31歳だ。
まさか山の上で迎えることになるなんて想像もしなかった。
1年前の自分には、いや半年前、いや一ヶ月前、
いや一週間前の自分にさえも。

うーん。どうしたもんか。
やっぱり今日は23日だよ。
ケイヨウさんはすっかり日を失っているご様子。
もうすぐ23日が終わってしまうんですけど。
もしかしてギリギリ直前に何かサプライズでも隠してる?
いや、今回に限ってはコイツ、完全に忘れてるな、、、



えーい、笑いに持ってけ!
私は意を決してカードを放った。



私「あのさ、今日って何日だったっけ?」

ケイヨウ(K)「今日?えーっと今日はー、あれ?何日だっけ?」

私「・・・(やっぱ忘れてるコイツ)」

K「あ、23日だ。うん、23。」

私「あ、そう。」

K「?」

私「・・・」

K「!!!!!!!」

私「・・・」

K「わーーーーーーーーーーーー!!!!!23日かーーーーー!!!」

私「やっぱね、忘れてるよね」

K「いや、ちがう、じゅんちゃん、だって」

私「いいよ、もう」

ヒカル「え、淳子さんどしたんですか?」

K「今日じゅんちゃん誕生日だった、、、」

ヒカル「えーーーーー!?それはまずいっすよランさーん!!!」

私「いや、もうね、いいの」

ヒカル「ランさんそれはひどいっすよー」

K「いやちょっと待って、みんなだって日にちわかんなくなってたっしょ」

ヒカル「いやいやいやいや」

タカシ君「お祝いしましょう!」

K「そうだそうだ、ヒカル、ほら、ラム持ってきたよね」

ヒカル「そうだ、ラム飲みましょ、ラム!」







そんな風にして、日にちが変わるまであと30分って時になって、
彼らはささやかな、ほんとにささやかな(笑)お祝いをしてくれた。
体を温めるために良いと持ってきたちっちゃなラム酒と、
タカシ君が持ってきたサラミで乾杯。


ヒカル「帰ったらちゃんとお祝いしましょーねー」

私「ありがとう。ヒカルは優しいねー」

K「・・・」

私「ほんと、完全に忘れられてたよね」

K「だって山だよ!?」

私「関係ないね」

ヒカル「関係ないっす」

K「すみません」

私「一生かけて償って!」

と、90年代トレンディドラマのような台詞を吐いてやったぜ。

あのまま黙ってても良かったんだけど、
そうすると私の怨念が来生までも引き継がれてしまいそうなので、
ここは笑いに変えて正解でした。







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なんか60年代の学生闘争のアジトみたい(笑)






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ほんと、やってくれたよね君も。









で、迎えた最終日、24日。
四人で歩くのも今日が最後。
雨に降られたり強風に見舞われたり泥にハマったり。
本気でしりとりしたり、貴重なカップラーメンに感動したり、
変なポーズして写真撮り合ったり。

辛いことも楽しいこともたくさんあった。
そしてもちろんここまでやってこれたのはみんなのおかげ。





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ありがとう!






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でもやっぱり誕生日を忘れられて悔しいから、
おしおきだー!






最終日はヴァケリアという山の中に住む集落を横切っていった。
すれ違う子供達が一斉に言ってくる。

「砂糖ちょうだい!」
「パスタちょうだい!」
「飴ちょうだい!」

完全に私達ツーリストが何を持ってきて何を手元に残しているかを知っている。
そんな彼らをかわし、
最終地点まで辿り着いたのは昼前。





そこからはもうバスに揺られ続ける数時間。
4日間かけて一生懸命登ったのが嘘のように、
バスはすいすい進んでは下っていく。






結局は下るのに、人はなんで登るんだろう。







私の目標は達成された。
最後まで「疲れた」って言わなかったし、
最後まで自分の足で歩いた。
ずっと私の後ろでお尻たたきながらも見守ってくれたケイヨウ、
誕生日のことはまぁ、許してあげようか。




たぶん。







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トレッキング初日〜二日目 サンタクルス

Posted by junko on 20.2012 ペルー Peru   0 comments   0 trackback





四人でワラスの目抜き通りを歩いていた。
いくつかのアウトドアショップを覗いては、
どんなアクティビティがあるか、聞いては吟味していた。

そのなかで、四人ともが同意できるプランが生まれた。
それが、3泊4日のサンタクルス山トレッキングだった。





「トレッキング」という言葉さえよく理解していなかった私。
なんとなく、山歩くんでしょ?くらいな知識。
いやー、無知っていうのは恐いですね。
世の中で一番恐いことかもしれませんね。

無邪気な私は前日にテントやら寝袋やらをレンタルしたり、
行動食の買い出しするのを楽しんだくらい。
夜には宿でみんなの荷物を広げ、
だいたい均等になるように食材を分けたり。
まぁ、私の分はかーなり軽くしてもらったけれど。
そんな風にして人生初のトレッキングキャンプが始まった。









2012年6月21日


サンタクルストレッキング初日


ワラスを早朝に出発し、
Cashapampa(カシャパンパ)という起点の町へとやってきた。
いよいよ始まるんだね!





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天気は良好、快調な滑り出し。
ゴツゴツした石道は決して歩き易くはないけれど、
まぁ、この調子なら意外と楽に行けるかも、なんて自意識過剰もいいところ。
数時間後にはそんなことも言ってらんなくなった。
たまに登りがキツい坂道があると、やっぱりペースは遅れてしまう。
いつの間にか四人のポジションは決まっていた。

トップを進むタカシ君、
そのすぐ後を追うようにヒカル君、
なんとか彼らとの距離を縮めたい私、
そしてそんな私の後ろからお尻を叩くケイヨウ。




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パンにチョコを挟んでチョコパンランチ。
これがものすごく美味しいー。
あとはレーズンとか、ピーナッツとかをたまに口にする。
飲料水は、川を流れる水をペットボトルに汲んで、
浄化剤を一粒ポンッと入れるだけ。便利なものがありますね。





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トレッキングルートにはたーっくさんの牛が。
必然的に道にはたーっくさんの糞が。
なんなの?君たち。野生なの?飼われてんの?






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特に大きな問題もなく初日を終えようとしていた、その時!
嫌な雲が見え隠れしていたと思ったら案の定、降り出した雨。
早くテントを組み立てないと、地面がグチャグチャになってしまう。
急がなくちゃ。
その時、私達と前方を行く二人との間にかなりの距離が開いていた。
タカシ君は個人の一人用テントを持参していたから、
私達は三人用テントを借りていた。
で、その肝心なテントはケイヨウのバックパックの中に入れていたから、
ケイヨウが着かない限りテントを組み立てる事ができない。

ちょっと考えた末に、ケイヨウは私を抜かして、
あっという間のスピードで前方の二人に追いつく。
そしてタカシ君と共にまたさらに早いスピードで進んで行った。
一方ヒカル君は、ペースダウンしてゆっくり歩いている。
私を待っていてくれてるんだ。
ケイヨウがヒカル君に一言告げたみたいで、
追いついた私に、「一緒に行きましょう」と。
あー、みんな優しいね。

「ありがとう」





私達がキャンプサイトに着く頃にはもうテントは組み立て終わっていた。
ギリギリなんとか大丈夫な具合に間に合ったらしい。
ご飯にニンニク、タマネギ、そしてコンソメキューブの簡単雑炊で夕食。
タカシ君が自分で持って来たサラミを切って分けてくれた。
そのサラミの美味しいこと!!!山にサラミは絶対だね。
塩分欲してたんだなー。
そしてお決まりのレモンティーにお砂糖たっぷり。
甘いの欲してたんだなー。
レモンの酸味も疲れに沁みてほんと美味しい。
酸っぱいの欲してたんだなー。
てかもう全部じゃん。



もう外は真っ暗で、何にもすることがない私達は、
原始的な遊びを始めた。
そう、しりとりだ。

いい大人が四人で暗いテントの中しりとり遊び。
いやーかなりシュールな絵だよね。
やってる本人達は真剣そのものなんだけどね。
だって罰ゲームは食器洗いと朝の水汲み。
キンキンに冷えた川の水で洗うのはツライよ。
朝だってまだ暗いうちから水汲みに行くのはしんどいよ。
だからみんな真剣。

一通り遊んだ後、タカシ君は自分の一人用テントに戻って、
私達三人は川の字になって寝袋にくるまった。










翌朝、6月22日の夜明け



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昨日しりとりで負けたタカシ君が水を汲みに行ってくれる。
それで作る朝イチのレモンティー。相変わらず美味い。
もちろん朝ご飯は雑炊で。
早くに起きたはずなのに、なんだか支度に手間がかかって、
出発する頃にはすっかり太陽が上がってしまった。





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さぁ、二日目の始まり!






昨日少し感じていた足の親指の爪の違和感は的中し、
今日になってその違和感は痛みに変わる。
ボリビアで買ったこの革靴、一目惚れでデザインも気に入ってるんだけど、
サイズがちょっとだけ小さい。
いや、小さいというよりはジャストサイズなんだけど、
山歩きには少し大きめのサイズの方が向いてるんだってね。
私の親指の爪はじんじん痛みを増してきて、
歩くのがかなり辛く感じるくらいになってきた。

それでも午前中は、こんな平坦な道が多かったので頑張れた。
まぁ、砂道は砂道で足をとられるから歩きにくいんだけど。





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トレッキングポール代わりの木の棒っこ。
これがあるだけで全然違う!
特に登り道なんかは、手の力でだいぶ足腰の負担が減るの。






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あのロバに乗れたらなんて楽だろ。









この後だ。
流れが変わってきた。
まず雲行きが怪しいうえに、なんと道に迷ってしまった。
明らかに「え?そんな道行くの?」みたいな道が前に立ちはだかっている。
けれども男の子ってチャレンジャーだよね。
自分で確信するまで前進するのね。

滝を下から登っていくような道だ。
大きな岩に飛び乗りながら登ってく。
じゃないと足場は雨でドロドロになっているから。
ちょっと足を踏み外せば大ケガしそう。
慎重に慎重に、手を取りながら進む。
結局滝を登りきって、男の子達はやっぱり道に迷っていることを確認する。
その時の私はもう思考能力がストップしているので、
言われたままに身体を動かすだけ。
あともうちょっとで降りれるって時だ。
足を滑らせて、私は泥の中にずぼん!と落ちてしまった。
するとなんとその泥、底なし沼のように私の身体をどんどん飲み込んでいく。
もがけばもがくほど、沈んでいく。
すぐに男の子三人がかりで私の体を引っ張って救い出してくれた。
その時の私の姿といったらもう、、、
情けなくてやりきれなくて、笑うしかなかったよ。
底なし沼に落ちるなんて、怖いを通り越えて笑っちゃうよ。








とにかくこれは修行以外の何ものでもない。
道のりはただただキツくて、眺めを楽しんでる余裕もない。
道には何百個もの牛やロバの糞が微妙なニオイを放っている。
牛のなんて特に踏んだら最悪だ。
自然と視線はどんどん下へ下へと下がっていき、
腰は曲がり、前屈みになってしまう。
大きな岩や石だらけの道、たまにつまづいて足のつま先をぶつけてしまう。
足の爪はすでに損傷しかかっているので、
その痛みといったらもう筆舌しがたい。
適したサイズではないから、靴擦れも起きて川がむけてしまった。




もう、一言で表せば「辛い」だたそれに尽きる。
でもじゃあなんでやめないのか?
一度やると言った以上、あきらめたくない。
一緒に歩く仲間の心遣いを無駄にしたくない。





今回は一つだけ目標があった。
決して最後まで、「疲れた」の一言を言わないってこと。
言霊として、それが周りに与える影響を考えても、
この言葉は良くない。












結局その日は目標としていた場所に行くことは断念して、
当初の予定よりも手前のキャンプサイトに泊まることにした。
そのせいで、まだ日の明るいうちにテントにおさまることができた。






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みんながテキパキとテントを立てるのを横でながめる。
ちょっとここは甘えさせてもらって、先にテントで一休み。
外で男の子達がお茶を入れたりしてくれる。
あーほんとに、今日も、

「ありがとう」







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ちょっと横になるだけで楽になった。
今夜もしりとりで食器洗いと水汲み係を決めようか。





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ラグーナ69と10mmレンズ

Posted by junko on 18.2012 ペルー Peru   0 comments   0 trackback
2012年6月19日





本日の出演





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ぬおーーーん!スーパーおもろい大学生ヒカル





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ウワサの元自衛隊、ナメてもらっちゃ困るぜタカシ





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高山病なんて屁でもないわのばーちー





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ずるくない?一人だけカッコつけちゃってケイヨウ






とまぁ、こんな四人でいこうかと思いますです、はい。






私達がhuaraz(ワラス)に着いたのは前日の6月18日。
宿はヒカルとリマの宿で再会した時に約束してあった。




宿に着き、明るいおじちゃんが出迎えてくれる。

「よく来たねー!ニッポンジン!?ohhhhhhh、オハヨーウ!!」

「あははは、オハヨウ」

「トヨターホンダーミツボシーあと何だったっけ?」

「日産?」

「あーそうそうニッサンー。ジャパニーズカーめっちゃいいね!」

みたいなノリの、とにかく元気なおじちゃんなのである。
この宿は家族経営で、大黒柱のおじちゃんエミリオが切り盛りしている。



「日本人の友達が先に着いてるはずなんだけど」

「あー、彼等なら昨日着いて、今朝山に登ってったよ!」

「え!?今日!?」

「うん。日帰りのトレッキングだから夕方には帰って来るはずだよ」

「へぇ〜。行動早いなー」



なんでこの町に来たかというと、
私の隣の山バカ男が興味を示したから。
というのも、ここワラスは山遊びで有名!
ケイヨウの山という単語に反応したヒカルと意気投合、
「次はワラスで再会でしょ!」

そしてヒカルは同じ宿に泊まっていた山のニオイを醸し出す男、
タカシ君に話をふったところ、もちろん参加するとの答えが返ってきたので、
じゃあ四人で合流しよーということに。




そんな二人が早速もう山遊びを始めているという。
うずうずしてきたんだろう。
ケイヨウが言い出す。

「早い方がいいでしょ、オレらも明日登ろうよ。」

火がついた彼を止めることはできやせん。
そんなわけで私達は手始めに日帰りで行けるトレッキングを申し込んだ。
ワラスの町にはたーっくさんのアウトドアショップがある。
いろんな専門道具を販売&レンタルするところ、
様々なアクティビティを斡旋するところ。

その中で英語が堪能に話せるお兄ちゃんが居たツアー会社で私達は決めた。




トレッキングから戻ってきたヒカルとタカシ君にその話をすると、

「あ、じゃオレらも行きます!」

さすがだねー、フットワークが軽い軽い。
だって今日の明日だよ?いいの?

「行きましょうよー!高山病対策にもなりますし」




そんなわけで6月19日、私達は『ラグーナ69』という、
お兄ちゃんイチオシの綺麗な湖が見れるトレッキングに出発した。






朝5時にツアー会社のワゴン車が迎えに来てくれる。
起点となる町caraz(カラス)に着くまでは約2時間。みんな爆睡。
到着する頃にはすっかり山に囲まれた景色に変わっていた。
まぁ、ワラスの町中のどこに居ても、大きな山々が見える。
それぐらい山脈に囲まれたエリアだ。





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もちろんこの湖が最終目的地点ではない。
だけどこんな綺麗な色した湖がこのエリアにはたくさんあるから、
その度にドライバーは車を止めてゆっくり見せてくれた。





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9時頃になっていよいよトレッキング開始。
同じツアーに申し込んだ他の観光客と共にぞろぞろと歩きだす。
じゃ、行きますか。






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パイ生地みたいな木の皮だよ。食べちゃだめ?






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実は高山病に弱いヒカル。
この日も序盤は軽い頭痛のせいでペースが遅れて、
なんとこの私の方が先を歩いていたくらい。



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ていうかそんな腕組んで歩いてちゃダメでしょ。



以前ネパールでトレッキングした時も、
ひどい高山病に悩まされたという。
そのせいか彼は人一倍、高山病対策に心がけていて、
コカ茶の葉をそのままかじり続けていた。
あれ、そのまま噛むとすっごく苦いんだよね。
飲む分にはいんだけどね。




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まぁ、基本は元気なんだけどね






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キレイな花が咲いているよ






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トレッキングだから、そんなに高低のない道を歩くだけ。
あれ?気づけば自分、あんまりキツくないよ。
こないだのマチュピチュ山の方が俄然辛かったな。
それともちょっとでも足腰強くなったかしら♬






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まぁそれでも最後はちょっとだけハードな登りがあって、
それを越えると、こんな景色が待っていた。

















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どーーーーーーーーーーんって感じでね、
うわぁぁーーーーーーーーーーーーーーって感じでね、
めーーーーーーーーーちゃくちゃ、水の色がキレイだったよ。













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ちょっとオンネトーの色に似てない?






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しかも何が嬉しかったかって、この広角レンズ!!!
50mmと30mmの単眼レンズしか持っていない私達には、
こんなワイドな写真は撮れません。
じゃあなんで撮れたのかっていうと。

ヒカルが持ってた10mmー20mmの広角ズーム!
特に10mmにした時の驚きといったらもう。
いつもはどこかトリミングして切らなくちゃ画角におさめる事ができないのに、
このレンズは、なーんにもしなくたって、全部画角に入っちゃう!
今、自分の視界で見える以上に広い視野の絵が撮れちゃう!
これには興奮しました。

「全部入るー!」

って何度叫んだかわかりません。






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この瞬間から、風景写真、特に山関連は、
10mmという私にとっては新境地のレンズが向いているということを知った。
迫力度が全然違う。






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まぁ、近くで人間を撮るとこんな風に顔が伸びちゃうけどね♡






青く透き通った湖を前にランチを取り、来た道を戻る。
その頃にはもうヒカルも元気になっていて、
松任谷由実を歌いながら歩いていたよ。

「いっまっひっとりっ れぇーっしゃにのおったのっ♬」

ヒカル22歳なのにね。
すごいねユーミンって。世代超えるね。






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お天気にも恵まれて、最高のトレッキング日和でした。
じゃんじゃん。













おまけ








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どうも、バカ、あカバです


















おわり。
  

プロフィール

junko

Author:junko
北の大地でお魚食べて育った少女が、
世界へ旅に出ます。

写真が好き。
でも人はもっと好き。

まだ見ぬ出会いを、笑顔を、そして
感動を求めて。

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